「ジャック・オ・ランタン?」
今まさに目の前のかぼちゃにナイフを入れようとしていたルルーシュを見て、スザクがそう問い掛けた。
「ああ、会長の命令でな。ハロウィンの飾り付けに使うんだと。大人しく既成の飾りにしてくれればいいものを、本物のかぼちゃじゃなきゃだめだとのお達しだ」
「ハロウィンか…聞いたことはあるけど、こんなのを飾るんだ…って、ルルーシュ、危ないよ」
「かぼちゃの皮が…固くて……!」
ルルーシュはナイフを握る手をぶるぶるとふるわせながら、うめくように言った。会長はおそらく、ルルーシュがこうした細工物なら得意だろうと思って命じたのだろうが、落とし穴があった。生のかぼちゃはルルーシュがくりぬいて刻むには固かった。
「見てるほうが怖いんだけど…貸して。くりぬくくらいなら僕でもできるよ」
そう言ってスザクはルルーシュからナイフを受け取ると、ルルーシュが苦戦していたのなど嘘のようにするすると、かぼちゃの端を切って中身をくりぬき始める。
「意外と器用だな、おまえ」
「あはは。細かい細工とかは無理だけど、ナイフの扱いならね」
軍人であることを思い起こさせるようなセルフを吐いて、スザクはふと横においてあった企画書に目をやった。そこにはジャック・オ・ランタンの見本が印刷されていて、それを見てスザクは軽く目を見開く。
「こんな顔に彫るの?これ、中にロウソクをたてるんだっけ?ちょっと怖い感じがするね」
「ジャック・オ・ランタンは幽霊の持つ明りだからな」
ハロウィンをよく知らないらしいスザクに、ルルーシュはそう説明してやる。スザクは首をかしげて問い返した。
「幽霊?」
「ジャックは生きている時に悪魔を騙して、そのために天国にも地獄にもいけない幽霊なんだ」
くりぬかれたかぼちゃを受け取って、今度こそ慎重に目と口の形を作りながらルルーシュは言った。
「悪魔にもらった明りをこの中に入れて、ジャックは夜の中をさまよい続ける…」
天国にも地獄にも行けない、永遠にさまようもの…そのことを口にしながら、ルルーシュはC・Cのことを思い出していた。死なない…死ねない存在。それはいったいどういう苦しみだっただろう。世の表に出ることもなく、出会う人間とも別れていき、いつしか一人になる。
その永劫の時の流れは、人の身には重すぎる。
その時ルルーシュはそう思った。それはC・Cのことではあったけれど、所詮実感の伴わない、他人事であったかもしれない。
けれど────
「今日はハロウィンだそうだよ、ルルーシュ」
かつん、と、薄暗く証明を落としたひんやりと冷える牢の中に靴音を響かせて、その男は入ってきた。枷に繋がれて顔を伏せていたルルーシュは、わずかに視線をあげてそちらを見た。
顔を上げなくてもそれが誰かはわかっている。枢木スザク…かつてのルルーシュの友人であり、最悪の敵であり、そして騎士で同盟者でルルーシュを殺した男。そして今は、奇跡を起こす存在───ゼロとなった男。
スザクは暗い牢の中、ゼロの衣裳をまとったまま、その手にはオレンジに輝くなにかを持っていた。ルルーシュがかすむ目を細めてみると、それはかぼちゃをくりぬいて作ったランタンだった。ジャック・オー・ランタン。ハロウィンに登場する飾り。いまはただ華やかに街を照らす、愛嬌のあるライティングのモチーフだ。
「陛下が用意なさっていた」
「ナナリー…が」
陛下、と言われてルルーシュは、最愛の妹の名前をつぶやいた。長く会っていない妹。会うことなど許されない愛しい存在。あの時から…ルルーシュが死を選んだ時から、ナナリーと彼は遠く隔たってしまった。
ルルーシュは死者なのだ。彼がこの牢にいることは、目の前の男…スザクしか知らない。そしてスザクとて、ルルーシュが生きていることを知ったのはごく最近のことだった。
ルルーシュは死んだはずだった。たしかにスザクの剣に貫かれてその命を絶ったはずだったのだ。
けれどルルーシュは生きている。あの一件があってから五年も経った今もまだ生きているのだ。
「ルルーシュ、君は昔、これについての逸話を教えてくれたね」
枷につながれたルルーシュの前に立ち、彼を見下ろしながらスザクは言った。五年前よりずっと精悍になった顔におだやかな笑みを浮かべ、手に持ったランタンでルルーシュを照らす。
「ジャックは君のようだ。そう思わないかい?……天国にも、地獄にも行けずにさまよい続ける死者───」
ランタンをささげ持ち、スザクはルルーシュのすぐ目の前に立った。瞳に映るものさえわかるような至近距離。吐息さえ感じられる近さで、スザクはルルーシュを見つめる。
「コードという呪いに生かされ続ける化け物」
スザクが持ち上げたランタンの中のろうそくが、ルルーシュの顔の横でジジジ、と音を立てた。うっかりとランタンをかたむければ蝋がルルーシュに向かってこぼれそうだが、そんなことをスザク気にしないだろう。
「死んでいればよかったのに」
ルルーシュの目をのぞき込んで、やわらかな笑みもそのままにスザクはささやく。笑んだ顔で、やさしい声でつむがれるそれは呪詛。ルルーシュの犯した罪を呪う怨嗟の言葉。
「あのまま僕に殺されて、ちゃんと死ねばよかったのに」
スザクの笑みには薄暗いなにかが宿っていて、その闇の深さをルルーシュはもう知っていた。その闇はルルーシュがスザクに与えたものだ。狂気という名の闇。抱え続けたなにかが壊れ、狂うしかなかった心の暗黒。
「かわいそうなジャック…永遠に夜の中、一人でさまよい続ける。地獄よりひどい苦しみを味わいながら…」
コトリ、と顔の形が刻まれたかぼちゃのランタンが床に置かれる。ゆらゆらと揺れる明りは、彼ら二人の影を揺らした。不規則に不安定に、ゆらゆらと揺らし続けた。
「ねえ、ルルーシュ。君も彼を哀れむだろう?」
そう言ったスザクの手には剣がにぎられていた。かつてルルーシュを殺した剣。毎夜ルルーシュを殺そうとする剣。不死の化け物を、毎夜切り刻み叫びをあげさせる剣を────
「L・L」 ルルーシュコード持設定スザルル本
2008〜2009 WINTER 発行予定 予告??