ほくろ







「ん……」
 それはコトが終ってしばらく経ったあとのことだった。虎徹はバーナビーに思うさま揺さぶられて、しばし意識を飛ばしていたらしい。ごそごそと体をまさぐられて、ふうっと意識が浮上した。自分の体を見下ろせば、バーナビーが眼鏡をかけないまま、吐息をかけるようにして虎徹の肌を見つめながらまさぐっている。
「なにやってんのバニーちゃん…」
「あなたの体にいくつほくろがあるか数えようと思って」
「……なにそれ。なんか新しい遊び?」
 またなんだろうこの子、と思って虎徹はけだるい声で問い掛けた。バーナビーは聞こえなかったように熱心にその作業を続けている。腰の上の方、膝の内側、足首の裏側をたどり、最後に足の裏にたどり着く。
「……ここにもほくろがある」
 まるでそれがなにか秘匿されたいやらしいものであるかのように、少し興奮した声でバーナビーが言う。そんなところにほくろなんてあったっけ、と思うより先にそこにぬめる感触を覚えて、虎徹はびくりとふるえた。
「っ……!」
 驚いて目をやれば、バーナビーが顔を伏せて虎徹の足の裏に舌を這わせていた。真摯なその表情は、まるで聖人の足にくちづける信者のようだ。ふれることができるだけで泣き出すような、狂信的なそれ。
「足なんか舐めんなよ。汚い」
「さっきシャワー浴びたでしょう」
「そんでもやなんだよ、気分的に!」
「僕は気分がいいですよ。なんだか背徳的な感じがして」
「背徳ってなあ…こんなおっさんに」
 バニーちゃんのポイントがわかんねえよ、とぶつくさ言って、虎徹は自分の足を彼から引きはがそうとする。けれどバーナビーはそれを捕らえたまま、ほほえんで彼を見上げてきた。
「あなたの体のどこにほくろがあるか、僕は全部知ってます」
 さきほどまでの情欲の名残を残したエメラルドグリーンの瞳。熱の余韻で輝くそれは本当に宝石のようだと思うのに、そこに映っているのは虎徹だけだった。虎徹はそのことを残念に思うと同時に、焼けつくような嬉しさを感じる。
「あなたのことを、全部知っておきたい。傷跡も、人に見せない肌の色も、ほくろも、全部」
 熱っぽく言うバーナビーの心が、虎徹には手に取るようにわかった。きっと彼は体のことだけじゃない…虎徹の中身まで全部知りたいと思っているのだろう。知りたくて、そして独占したいと思っている。その若さゆえのひたむきさ。一心に求められるその熱に、腹の底が熱くなる感じがした。
 馬鹿だなあ、と思う。心なんて見えなくったって全部わかるのに。逆に心まで全部知ったらつまらないのに。見えないところがある方が長続きするんだぞ、と思いながらも、彼の持つ不安を解消してやりたくて虎徹はつたない言葉を紡ぐ。
「あのな、足の裏のほくろなんて普通誰にも見せねえだろ?」
「?……はい?」
「だからさ…そういうことだよ」
「意味がよくわかりませんが」
「ああああ、だからさ!」
 うまく言えない自分とさっぱりわかってないバーナビーに切れて、虎徹はがばっと起き上がると、自分の足もとに伏せられていたバーナビーの顔をひっつかみ、噛みつくようにキスをした。そのまま舌を差し入れて、キスを深くする。
「っ……」
「ふ───」
 虎徹からしかけられる性的な匂いのするくちづけに、バーナビーは一瞬目を見開いて、それから体を起こして彼を抱きしめると、音をたててキスに応えてくる。あっという間に深くなったくちづけに再び体に熱が戻ってくるのを感じながら、虎徹はそっとくちびるを離した。
「こういう俺は、おまえしか知らないだろう?」
 そうささやいて、虎徹は小さく笑った。
 そして、あー、いま足舐めた口にキスしたなあ、と思ったことは腹の奥底に隠しておくことにしたのだった。




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