おじさんの いびきがうるさい 夜中にふと目が覚めた。 目がさめた瞬間に感じたのは、すぐ隣にいる人の体温と、自分の体の充実しきったけだるさ、それからなんとも言えない幸福感だった。そっと目を開ければ、足もとだけを照らす間接照明の薄闇がある。そのくらがりの中で、特徴的な形をした髭を生やした恋人がすやすやと寝ていた。 ここは自分の部屋のベッドの上だ、とバーナビーは気付く。いつものように二人で酒を飲んで、抱きあって、じゃれるようにシャワーを浴びたあと眠りについた。虎徹が身につけているのはバーナビーのパジャマだ。バーナビーよりはやや小柄な彼が身につけると少しだけ手元があまっている。 その様や自分の胸元に向かって投げ出された手から感じる体温に幸福な気持ちになったけれど、うっとりと見つめるには、隣にいる人の寝顔はあまりにも親父くさすぎた。 まず、んごごごごご、といびきをかいてるし、大口開いてるし、なんかよだれがたれそうだ。いびきはうるさいというほどではないけど、これちゃんと息できてるのか?とか一度気付くとすごく気になるし、時々んがっ、とか言って眉が寄るのはなんなのか。あ、いま一瞬息が止まった。と思ったら思いっきり口が歪んだ。これ起きてないか?と思うけれど、どうやらこれでも寝ているらしい。しばらくすると、また、すひょーすひょー、と寝息が聞えてくる。そしてまた、んごごごご、といびきだ。 「うるさいですよ、おじさん」 いびきが、と言うよりも表情が、と思って、バーナビーは手を伸ばしてその鼻をつまんでやる。すると彼は、 「むに」 と言った。はっきり言った。 ………むに、ってなんだ。 バーナビーは撃沈した。認めたくはないが、ものすごくかわいいと思った。親父なのに。すっごく親父くさいのに! ああもう!と思って、バーナビーは虎徹の頬を撫でながらその鼻のてっぺんにキスを落とした。くちびるにもしたかったけれど、寝ている彼を起こす事態になりそうだったから我慢しておく。いや起こしてもいいのだけど、寝ているのがかわいいから、起こさずにそっとしておきたい。眠っているところを見ていたい。 思って見下ろすと、彼は大きく開いていた口を一度閉じた。そして小さく口を開いて息を吐く。 「ばに……」 名前を呼ばれて、あれ、起きた?と思う。けれど虎徹はむにゃむにゃと口もとを動かしただけで、目を開けはしない。その代わりくしゃっと口もとを歪めて、しあわせそうに笑ったのだった。 「………」 ああ、もう!とまたバーナビーは思う。自分の名前を呼んでそんな風に笑うなんて、どうしたらいいかわからなくなってしまうからやめて欲しい。それも寝ている時に無意識で、なんて、幸せすぎてじたばたしてしまう。キスして抱きしめてしまいたいのに、絶対起こしたくない。あまりにも幸福なジレンマ。なんだろうこの人、どうしてやろう。 寝ているおじさんはうるさい、とバーナビーは思う。 いびきではなく表情が。 いくら見ていてもあきないそれは、果たして翌日のバーナビーに寝不足をもたらすのだった。 back |