La Vie en rose6 その日の仕事が終わった後、バーナビーは虎徹を自分の車に押し込め、さらうようにして自分の部屋に連れ帰った。食事をさせることも酒を出すこともせず、そのまま強引に寝室に連れ込む。最終的には、困惑する虎徹を抱き上げてベッドの上に投げ出した。 「バニー、あのさ…もしかして、おまえ……」 「ええ、僕は知りませんでしたよ。あなたがあんな風に僕とのことを報告していたなんて」 乱暴にブーツを脱いでベッドの上に乗り上がりながら、バーナビーは冷たい笑みを浮かべてそう答えた。彼の態度に困惑している虎徹への、これはただの八つ当たりだ。自分が勘違いして浮かれていた、そのいらだちを虎徹にぶつけているに過ぎない。 わかっていても止められなかった。恥ずかしくて悲しくて、胸が苦しくて、どうにかなってしまいそうだった。好きだと認識して、でもだめだとあきらめて、それが叶ったと思ったらただの勘違いだった。自分の感情と虎徹の態度に翻弄されたバーナビーは、やり場のない苛立ちを愛しいその人にぶつけるしかできなかった。 「いままでどんなことを報告したんです?フェラチオをしてやったら満足そうだったとか?何回イッたとか、体位はどうだったのかとか、持久力はどうだとか?」 「……んなこと言ってねえ」 眉を寄せて虎徹はそう答えた。彼が傷ついた顔をしているのが胸に痛かった。そんな顔をさせたいわけじゃない。だけど弄ばれたバーナビーの恋心はどこにいったらいいのだろう。勘違いした自分が悪いとわかっていても、やさしすぎる虎徹の態度につけこまずにいられなかった。 「会社に頼まれたんでしょう?だったら好きにさせてくださいよ」 虎徹の体をシーツの上に押し倒して、その上にのしかかりながら、わざと下卑た笑みを浮かべてバーナビーは言った。そのまま目を細めて、低い声で続ける。 「あなたとのいままでのセックス、ちっとも気持ちよくなかった」 バーナビーのその言葉に、虎徹は青ざめてショックを受けた表情をさらした。それはそうだろう。ヘテロだというのに、自分で尻の穴をいじってまで奉仕した結果が『ちっともよくなかった』だ。自分のしたことはなんだったのか、と思ってしまうのは当然だった。 「今日は僕の好きなようにやらせてください」 青ざめて硬直する虎徹を見下ろして、バーナビーは笑みを浮かべたままそう言った。もう彼のいやがることはしない、とそう思ったはずだった。きっと虎徹はバーナビーに…男なんかにふれられるのは気持ちが悪いだろうに、バーナビーはもう止まれなかった。 硬直する虎徹の首元からネクタイをはぎとり、シャツのボタンをひとつずつ丁寧に外す。ハッとした虎徹は自分で服を脱ごうとしたけれど、バーナビーはそれをやんわりと止めて、己の手で彼の服を脱がした。 少しずつあらわになる肌に興奮した。初めての夜は気がせくあまり、ほとんどその肌にふれることはなかったから、その体を味わうこともなかった。それ以降はほとんどふれさせても見せても貰えなかったから、こうした場面でまともに虎徹の肌を見るのは初めてだ。あらわになった鎖骨に衝動的にくちびるを寄せると、虎徹の体がひくりと跳ねた。それからバーナビーの髪に手をやり、おそるおそる訴えてくる。 「バニー…あの、俺、風呂に……」 「必要ありません」 「でも、今日トレーニングにも行ってないから、シャワー浴びてねーし……」 「黙って」 バーナビーは短くそう言って、もう一度鎖骨に食いついて、そのままそこに舌を這わせた。上気した肌から立ち上る、かすかな虎徹の匂いがたまらなかった。彼は香水をつけてはいるが、シャワーでも浴びない限り付け直したりはしないから、いまはほとんど香らない。いましているのは虎徹本人の匂いなのだろう。 人の体臭など気持ちが悪いと思っていたはずなのに、どうしてか虎徹のそれは不快どころか、バーナビーの情欲をそそった。 「ば、バニー…なんでさわんの…な、舐めんの?」 虎徹の下肢の衣服もはぎ取りながら、バーナビーが熱心にその胸元から腹部まで指とくちびるでふれていくのに、虎徹は困惑したような声をあげた。いやだと拒否したいのに、バーナビーに好きなようにさせろと言われたから拒否できない、そんな声色だった。 「僕がそうしたいからです」 バーナビーの欲望に奉仕するためにふれられる嫌悪をこらえているのかと思えば、虎徹のやさしさとあわれさにむしろいらだちが募る。けれどいらだちのまま求めたはずの体に、バーナビーは夢中になった。 きちんと鍛えられた胸元から腹部のなめらかな肌も、男にしては細い腰も、引き締まった脚も、なにもかもいやらしくてたまらない。それはたしかに男の体で、バーナビーはヘテロだったはずなのに、虎徹の体だと思うとこの上なく興奮した。まどうようにバーナビーを見ている、虎徹の瞳がそれに拍車をかける。 戸惑った彼はかわいそうで、いやがることなんてしたくないと思う。それと同時に、いらだちのままに踏みにじってしまいたいとも思った。最初の夜にしてしまったように、無理やり奪うのではない。虎徹のことも気持ちよくしたかった。我慢して男に抱かれている彼に、自分の存在と快楽を同時に刻みつけたかった。 バーナビーは手のひらで虎徹の脇腹をなぞり、へそにキスを落として、下着まではぎ取った彼の脚に手をかけた。ちゅっ、と音をたてて下腹に跡を残して視線を落とすと、いやらしい黒い下生えの下で、虎徹のものはゆるく勃ち上がっていた。初めてまともに見るそれに、バーナビーはごくりと息を呑む。 「っ…!みるなよ!」 虎徹は泣きそうな声でそう言って、バーナビーの髪に手をやって引きはがそうとする。けれど、髪をひっぱることを躊躇したのか、最初にバーナビーに言われた好きにさせろという言葉を思い出したのか、その手はそれ以上動くことはなかった。 バーナビーはそれには構わず、勃ちあがった虎徹のものに、ゆっくりとくちびるを近づける。それに虎徹はさすがに慌てたように脚をじたばたさせながら、バーナビーから遠ざかろうとする。 「ばっ……バニー。それ…それはいいって!───気持ち悪いだろ?あのさ、俺がするから……おまえの」 「気持ち悪い…ですか?」 わかっていたことだが、言葉にされてやはり傷ついた。虎徹はバーナビーにふれられることなど気持ち悪いと思っているのだ。他の場所ならまだスキンシップの延長として耐えられても、性器にふれられることなど気持ち悪くて仕方がないのだろう。 けれどいま、バーナビーにあちこちふれられていた虎徹のものは熱を兆している。すくなくとも先ほどまでの接触は、気持ち悪いとは思われていないのだ。それなら、フェラチオだってわからないではないか。どうしても節ばっている手と違って、口腔と舌なら女性にされているのとさして変わりはないはずだ。 「してみないとわからないでしょう?」 「いいって!ほんとに!!俺がするから、な?」 バーナビーが言いながら顔を伏せると、虎徹は必死な声で言い募る。じたばたと暴れるその脚を押さえ込むと、バーナビーは半ばヤケになって、ほほえんで本音を口にした。 「あなたのそのくちびるに僕のものが出入りしてるのを見るのはすごくそそりますし、一生懸命してくれているあなたはかわいいですけど、今日はだめです。僕がします」 「かわっ……!?」 バーナビーの言葉に、虎徹はなぜか真っ赤になって動きを止める。その隙に、バーナビーは有無を言わせず、虎徹のものにくちびるを寄せた。 「ふ、あっ……!」 勃起した根元を手で包みながら先端を咥えると、びくんっ、と虎徹の腰が思いきり跳ねた。そのまま浅く咥えて、舌先でくりくりと先の方を愛撫する。そうするとバーナビーの髪にからんでいた虎徹の指が無意識にゆるゆると動いて、自分の感じている快感をバーナビーに伝えようとしているかのように思えた。 (感じてくれてる…) 色の濃い性器が自分の口の中でびくびくとふるえるのが、たまらなくかわいくなって、バーナビーはそれを深く咥えると、じゅっと音をたてて吸った。きゅっ、きゅっ、と時折持ち上がる陰嚢を手で愛撫してやりながら、じゅぶじゅぶと何度か出し入れする。 「んっ、あ……ばに……」 気持ち悪い、と言っていたくせに、虎徹はとろとろに溶けた声を漏らした。その甘い響きにぞくぞくする。自分にふれられて感じてくれているのだと思うと、嬉しくてたまらなかった。ほとんど無理やりな行為でも、気持ち悪いとは思われてはいない。少しでも虎徹に快感を与えられているなら、それだけでバーナビーは満足できる気がした。 「僕もするのは初めてなんですが、気持ちいいですか?」 「わかんね…」 声を殺したいのか両手で顔をおおって、けれど時折ちらちらと指の隙間からバーナビーを見下ろしながら、虎徹が答える。なんだそのかわいいしぐさは、と頭の中をかき回される心地に陥りながら、バーナビーは声だけは冷たく言ってやる。 「わからない?自分のことでしょう?それに……勃ってる」 「だって…だって、バニーが……」 バニーが、俺の…と虎徹は小さな声で繰り返す。意味がわからなかった。気持ちいいかと聞いているのに、『だってバニーが』だ。バーナビーがどうしたというのだ。彼が悪いと言いたいのだろうか? それはもちろんそうだろう。バーナビーは虎徹の奉仕精神につけこんで、半ば無理やり彼を奪おうとしている。体は快感を感じても、虎徹はそれを認めたくないのかもしれなかった。ヘテロの彼は男に抱かれて快感を感じるなんて、自分を許せないのだろう。 「────」 自分のしていることの空しさと罪深さを感じて、バーナビーはそっと息を吐いた。だけど一度だけ…一度だけでいい。ちゃんと虎徹のことを抱きたかった。これからバディの関係がどうなってしまうのかわからない。けれど体だけの関係を終わらせるのなら、一度だけでいい、思う存分虎徹の体を愛したかった。 バーナビーは虎徹のものからくちびるを離すと、サイドボードに置きっぱなしになっていたローションのボトルを手に取る。それはいつだったか虎徹が持ってきて、置いていったものだ。いつも虎徹は自分で準備していたからバーナビーが使ったことはなかったが、彼はそれを手のひらに出すと、虎徹の脚を開かせてその奥に手をのばした。 「そ…そこもすんの?」 顔を手で半ば覆っていた虎徹が、指の隙間からバーナビーを見下ろしながら怯えたように尋ねてくる。そんなに怖がらないで欲しい、いやがらないで欲しい、と思って、バーナビーはなるべくやさしい笑みを浮かべて問い返した。 「入れられるの、いやですか?」 「い…いやじゃねーけど……その、慣らすんなら、俺自分でするし……」 「だから今日は僕がすると言ってるでしょう?」 「な…なんでっ…男の、尻の穴だぞ!?」 そんなとこをさわるなんて信じられない!とでも言うような虎徹の口調に、バーナビーは笑う。『そんなところ』に、虎徹はバーナビーのものを呑み込んでいたのに、いまさら指でいじるくらいなんだというのか。そんなにバーナビーにふれられるのが嫌なのだろうか。ペニスを突っ込まれるのはよくても、指でいじられるのはいやだなんて意味がわからない。 「そうですね。何度も僕のものを受け入れて、気持ちよくしてくれたお尻の穴ですよね」 わざといやらしい口調で言ってやると、虎徹は赤くなって、そして同時になんだか泣きそうな顔でバーナビーを睨んでくる。なぜそんな顔をされるのかわからなくて見つめ返すと、彼は唸るような声で言った。 「き…気持ちよくなかったって言ったじゃねーか!」 「いえ?気持ちよかったですよ。体は」 「気持ちよくなかったって言った……」 虎徹は小さな声で繰り返すと、泣くのをこらえている顔でくちびるを噛んだ。その表情があまりにもかわいそうで、わけがわからないなりに慰めたくなる。バーナビーは体の位置をずらして虎徹を真上からのぞき込むと、ローションで汚れていない方の手で彼の髪をくしゃりと撫でた。 「そんな顔しないでください」 ささやいて、なだめるようにその目尻や頬にキスを落とす。バーナビーにふれられることをいやがっていた虎徹だったが、それくらいの接触はむしろ好きなのか、目を閉じて大人しくそのキスを受けてくれる。 「僕を気持ちよくしてください。……だから、あなたも気持ちよくなって?」 「意味わかんねっ……」 「ね…気持ちよくしてあげますから」 「俺はっ……んっ」 なにごとか言いかけた虎徹のくちびるを、バーナビーは自分のそれでふさいでしまう。キスは許されていたはずだ。そして虎徹はキスが好きなのか、キスしている間はいやがらずに気持ちよさそうにしてくれている。だからバーナビーはキスでごまかして、そっとローションに濡れた手を彼の下肢に割り込ませた。 「ふ……んんっ…ちょ、ばにっ…」 「少しずつ、しますから…」 キスの合間に抗議の声をあげようとする虎徹をなだめて、バーナビーは彼の中に指を入れてゆるゆると動かした。そこを自分の指でいじるのは最初の夜に続いて二度目だが、こんなに熱くて、とろとろとくねるものだっただろうか、と思う。ひくひくとふるえる粘膜に締めつけられて、指を入れているだけでたまらなかった。けれど体はこんな風に悦んでいるように思えるのに、虎徹自身はバーナビーにふれられることを厭っているのだ。 「バニ、やめ……あっ…!」 「気持ち悪い…ですか?」 「お、俺が…?」 バーナビーは虎徹の表情を見ながら問い掛けると、わけのわからない答えが返った。彼のことだろうから前後になにかの省略があるのだろうが、それを推察する余裕はいまのバーナビーにはない。 「僕の指でここをいじられて、気持ち悪いですかって聞いてるんです」 「んなわけない……」 少し強い口調でもう一度問うと、かぼそい声で虎徹は言った。その答えにほっとして、バーナビーは片手でぐいっと彼の脚を開かせた。 「うわっ…ちょ……!」 指でいじっている場所をあらわにしてしまうと、虎徹はぎょっとして脚を閉じようとする。それを押さえ込んで、暴れないで、とささやくと、虎徹は目をうろうろさせながらも大人しくなった。バーナビーはちゅくちゅくと音をたてて指を動かしながら、開かせた脚の間から半端に勃ちあがってふるえている虎徹の性器、それから羞恥にふるえている彼の顔をつぶさに眺めた。 いままで見せてもらえなかったそれは信じられないほど扇情的で、バーナビーを拒絶せずに従順でいようとしながら、恥じらって必死に顔を反らしている虎徹がかわいかった。見られるだけでこれだけ恥ずかしがっているのに、この人は自分からバーナビーに乗ってくるような真似をしたのだ。 「ここ、こないだも見せてくれましたよね…あの日はよく見れなかったけど」 「み…見なくていいだろ、んなとこ……」 「こんな狭いところで、僕のを受け入れてくれてたんですね。狭くて……わかります?こうやって指を動かすと、ひくひくしてる。かわいい」 「かわいいって、んな……あっ…!」 「ここ?ここいいですか?すごい…中動いてる」 ごく小さな器官が少しずつ自分に向かって開いていくのがわかって、ぞくぞくしながらバーナビーは熱心に指を動かした。虎徹の中はバーナビーの指を悦ぶように、ひくひくと蠕動して中に誘い込む。この熱くてとろとろとした場所に入りたい、という思いと、もっと丹念になぶって味わい、彼を啼かせたいという思いがせめぎ合う。 虎徹はハアハアと息を荒げて、耐えられないように手で顔を隠して首を振った。 「あ……や、も…んなとこ、おまえがいじんな…!ひゃっ…!や、やだって……」 「顏…隠さないで」 虎徹の快楽に溶け出した顔が見たくて、好きにさせてくれるって言ったでしょう?と脅し文句をささやく。その言葉に虎徹は一度は手をどけようとしたものの、まっすぐに彼を見ているバーナビーの視線におののいたように、また顔を隠してしまう。 「いやだ…こんな、なんで……み、見るな」 「どうして顔を隠すんです」 「だってこんなおっさんのあえいでる顔なんて、気持ち悪いだろ!」 「気持ち悪いわけがないでしょう。僕は見たいです」 見せて、とささやきながら虎徹の腕に手をかけると、彼は顔を隠したまま、いやいやをするように首を振った。 「なんで見たがるんだよ!目つぶってりゃ、かわいい女の子に思えるかもしんないじゃねーか」 「どうしてあなたを女と思わなきゃいけないんですか!好きなひとの顔なんてみたいに決まってるでしょう」 キレたように叫ばれて、思わず同じように叫び返してしまう。それはもう口にするまいと思っていた本音だ。会社命令と同情心でバーナビーに抱かれている虎徹に、これ以上心理的負担を与えるべきではない、とそう思って黙っていようとした言葉だった。 けれどバーナビーは思わずそれを口にしてしまっていた。その瞬間、虎徹は顔を隠していた手をどけて、凍りついたような表情でバーナビーを見返してくる。その顔に、バーナビーはハッと我に返った。 「────好きってなんだよ」 「あなたの…好きなひとの顔を見ながら、セックスしたいっていう話です」 明らかにバーナビーの言葉に引いている虎徹に対して、やけになってバーナビーは投げやりにそう言った。バーナビーが虎徹を思っているという事実が、さらに彼の同情をひくことになったとしても、もう知らない。だって好きなのだ。好きだという気持ちはどうしたって消せないのだから、行き場のないこの思いを口にすることくらい許されたっていいはずだ。 「それとも…僕があなたを好きでいるのは、迷惑ですか?」 虎徹の顔がこわばっているという事実にせつなくなって、思わずバーナビーはそう尋ねてしまった。そんなことをしたらさらに彼を追いつめることになる、とわかっているのに、虎徹のやさしさにすがりたかった。 バーナビーが尋ねると、虎徹はハッとした顔をして、それからくしゃりと顔を歪めた。それは泣き笑いの表情のように見えた。 「もういいよ。いいんだよ、バニー。そんな気ぃつかってくんなくてさ。俺は会社からおまえに与えられた、ダッチワイフなんだからいいんだよ。そんな女の子にするみたいなサービスしなくても、なるべく気持ちよくできるようにがんばるからさ」 「サービスってなんですか。好きなひとに好きって言って、やさしくして、気持ちよくなって欲しいって思うのはいけないことなんですか」 「え────」 彼の気持ちさえ否定するような虎徹の物言いに憤って、バーナビーは思わず語気荒く言ってしまう。それに、虎徹はぽかんとした顔をしてみせた。それはまるで、いまようやくバーナビーの言葉の意味がわかったとでも言うような表情だった。 「だって…会社が───おまえの性欲処理って…」 「知ってますよ、あなたが会社命令で僕に抱かれてたってことは!だけど僕はあなたが好きなんです。あなたが仕方なく僕に抱かれてたとしても、僕は…僕はあなたにやさしくしたい」 「え…好き?好きって、けど……」 バーナビーが勢いのままに内心を吐露すると、虎徹は彼を見上げておろおろと視線をさまよわせた。どうにも今バーナビーが言った言葉に彼のCPUが追いついていないのを見ると、バーナビーは息を吐いて彼の中にうずめていた指を抜き去った。虎徹はそれにも気づいてない様子で、相変わらずひっきりなしに視線を動かしながら、途切れ途切れに言葉をつむいだ。 「だってさ───ロイズさんに、俺が枕営業してたって…だからおまえがスキャンダル起こさないように面倒見ろって言われて…」 「枕営業、してたんですか?」 「してねーよ!するわけないだろ!どこにそんな需要があるんだよ!」 バーナビーの問いに、虎徹は噛みつくようにそう言った。需要ならここにあるし、あの噂話をしていた社員達を見ても他にたくさんありそうだったが、バーナビーはそのことを口にするのはやめておく。その代わりに、もはや確信している事実を確認した。 「……男は僕が初めてだったってことですか?」 バーナビーが彼の顔をのぞき込んで言うと、虎徹はカーッと顔を赤くして目を逸らした。その様があまりにかわいらしくて、バーナビーは目をパチパチとさせてしまう。なんだか雲行きが変だ。自分の気持ちを口にしてしまって、それに虎徹がひいてしまっていると思ったのに、なにか違うのだろうか。虎徹の態度は、ひいているのとは少し違う気がした。 「で、でもおまえは俺が枕営業してたって思ってたんだろ?」 虎徹が顔を赤くしたまま、必死にそう言ってくるのにバーナビーは返事を返さなかった。思っていたといえば確かに思っていたし、けれど虎徹が想像しているように、マーベリックやロイズから前もって聞いていたわけではない。同じことかも知れないが、以前から彼をそういう目で見ていたわけではないのだ。 押し黙ったバーナビーを見て、虎徹は一瞬くしゃりと顔を歪めて、それから無理に浮かべたとわかる笑みで言葉を続けた。 「俺……俺さ、おまえに押し倒されて、びっくりして…でも、バニーが欲しがってくれてんだなって思ったら、なんか嬉しくて───だからいいかって思ったんだよ。おまえだったらいいかって」 「虎徹さん、それって……」 「ちゃんとできなかったけど…でも俺、ばかみてーに浮かれてて。男同士とかそういうの考えたことなかったけど、おまえと…こ、恋人になんのかなって」 「え、こ、虎徹さん?」 バーナビーに押し倒されたことを嬉しいと思っていてくれた、その上恋人になるのかと思った、と言われてバーナビーは思わず身を乗り出した。けれどそんなバーナビーを、虎徹は痛みを抱えた顔で押しとどめる。 「けど!けどさ」 それって僕と恋人になりたいと思ったってことですか!とそう叫ぼうとしたバーナビーを遮って、やや大きな声で虎徹は言った。 「おまえと、その…寝た翌日、ロイズさんに呼び出されてさ。なんかおまえんち泊まってんのか、って。よくわかんねーこと言われたから突っ込んだら、俺が枕営業してたことは知ってるって。社長もそれ知ってて、おまえのために俺を雇ったって。おまえがスキャンダル起こさないように面倒見ろって言われて……おまえもたぶん俺のそのことは知ってるからって」 「……僕は知っていたわけじゃありません」 ことの流れを把握して、どう言っていいのかわからずに、バーナビーはそれだけを口にした。それに、虎徹は小さく首を振ってさらに言い募る。 「俺はおまえ知ってたんだって思ったんだ。だから…だから俺なんかに手ぇだしたんだな、って。ちょうどいいと思ったんだろうな、って。そんならせめてさ、気持ちよくしてやりたいと思って────」 思って…ともう一度言って、彼は口をつぐんだ。その顔は羞恥に赤く染まり、苦しそうな涙目になっていた。バーナビーが彼に受け入れてもらった、と思って浮かれていたその時、虎徹の方はバーナビーが体だけが目当てで自分に手を出したと思って、苦しんでいたのだ。 バーナビーは虎徹の告白に、申し訳なくて胸が苦しくなると同時に、そこに込められた意味に気づいて有頂天になった。けれど一度勘違いして天国と地獄を味わった身としては、慎重にならざるを得ない。 「すみません…僕は誤解して」 バーナビーは言葉選びに迷いながら、ぽつぽつと自分の気持ちを話した。傷つくことを恐れて、自分の気持ちを隠したりしない方がいいのだろう。壊すことをおそれていた虎徹との関係は、もう変わってしまう。それをいい方にするのも悪い方にするのも、二人の努力次第なのだから。 「会社であなたが枕営業していたという噂話を聞いて、すごくカッとなって。あなたに知らない男が…それも金にあかせたスポンサーが無理やりふれたのだと思うと、すごく腹が立って───その時はなぜだかわからなかったけど」 虎徹が金に飽かせて彼を買うような男と寝ていると思って、腹の中が煮え返るような怒りを覚えたその時、まだバーナビーは自分の気持ちに気づいていなかった。虎徹のそばにいて、ずっと彼を見ていて、彼といる時間がなによりも大切だと思っていたのに、自分自身の心の在りかはわかっていなかったのだ。 それを理解したのは、半ば無理やり虎徹を抱いてからだ。体をつなげて初めて気づいたなんて、遅すぎるけれど、いまならまだそれを取り返せる。───虎徹が許してくれるのならば。 「あなたが初めてだって気付いて、すごく嬉しかった」 「俺、おっさんなのに?奥さんいたのよ?」 バーナビーがほほえんで言うと、虎徹は目を丸くしてそう尋ねてきた。彼は既婚者で、そうでなくともそれなりの年月と経験を重ねた人間であって、まっさらな人じゃない。そんなことはわかっている。だからこそ彼を好きになったのだから。 「だって奥さんのことは愛していたでしょう?」 バーナビーは静かにそう言った。 別に処女信仰があるわけではない。そもそも虎徹は男だし、妻だっていたのだ。けれど、彼が安易に他人に体を許したりする人間じゃないと知って嬉しかった。なかば無理やりだったとはいえ、彼はバーナビーを拒まなかったから。 「───好きです」 成り行きからの勢いではなく、なにかでごまかせる余地をつくることもなく、バーナビーはまっすぐに虎徹を見つめてそう言った。 関係を壊すことが怖かった。変えてしまうことが恐ろしくて、無意識にその想いをセーブしていた。同性なのにそのしぐさひとつ、笑みひとつに誘われている心地になっていたのは、バーナビーの中に彼にふれたいという欲求が最初からあったからだ。自分の気持ちを押さえ込むあまりに、そのことに気づけなかったけれど。 「セックスしてから気づくなんて、馬鹿みたいですけど…たぶんずっとあなたのことが好きだったんです。……僕はあなたしか欲しくない」 真上から彼を見つめてささやくと、虎徹がその琥珀色の瞳を見開いた。そのしぐさと数秒の沈黙に心臓がばくばくと言って、その場で死んでしまいそうだと思った。彼が好きで、彼との関係を壊したくなくて、彼の返事が怖くてどきどきしてたまらない。 虎徹はバーナビーを見つめ返して、ふるるっと小さく体をふるわせた。それからゆっくりと腕を持ち上げて、彼にのしかかってるバーナビーの背に手を回した。虎徹の手が自分の背中にふれるのに、バーナビーは打たれたように感動して震える。 「────俺も」 バーナビーの背を抱き寄せ、ぎゅうっとしがみつきながら、かすれた声で虎徹は言った。彼の髪に手をやって、酔っぱらった時よくしているように、くしゃくしゃとそれをかき混ぜる。 「俺も…おまえを気持ちよくしてやりたい、って思うくらい、おまえのことが好きだよ」 「───じゃあ、気持ちよくしてください」 甘いささやきに天にも昇る気持ちになりながら、ドキドキする胸を押さえて、バーナビーはできるだけ平静な声で言った。 「僕に抱かれて、かわいく啼いて?」 精いっぱい格好つけたその言葉は、虎徹に声をたてて笑われてしまったのだけれど。 その後バーナビーは、すぐに体を重ねることはせず、虎徹の体でまだ自分が触っていない場所に丁寧にふれていった。自分も服を脱いで全裸になり、全身を使って虎徹の肌にふれる。ふれてみれば虎徹はどこもかしこも感じやすく、こらえきれない声をひっきりなしに漏らしてバーナビーを喜ばせた。 「虎徹さん、あなたすごく感じやすいんですね。……かわいい」 「っ…おっさんにかわいいとか言うな!」 「でも本当に感じやすい…ほら、ここも……」 「ひあっ……!」 背中に回した手でするりと背筋をなぞると、虎徹は背をそらせて高い声をあげた。それからそんな声をあげたことを恥じらうように口を塞ぎ、もごもごと何ごとかを口にする。 「───わかんね。こ、こんな風に人にさわられたことなんかねえし、それに…」 「それに?」 言葉を濁した虎徹に、バーナビーは逃げを許さずに問い掛けた。虎徹は赤くなってもじもじとしたすえ、小さな声でそれに答えた。 「バニーの手が、俺にさわってると思うと、なんか…すげえぞくぞくして……気持ちいい」 「……嬉しいです、虎徹さん。気持ちよくなってくれて」 虎徹の答えに、バーナビーはパッと笑みを浮かべた。これまでのセックスは虎徹からの一方的な行為で、体は確かに気持ちよかったけれど満たされなかった。けれど思う存分虎徹にふれて、彼もまたそれを気持ちいいと思ってくれていると言う事実がバーナビーの心を満たす。 「あのさ、だから…俺もバニーのこと気持ちよくしたい」 虎徹を気持ちよくするだけで満足だ、とバーナビーがそう思おうとしたところで、虎徹が赤い顔をしておずおずとそんなことを言った。え…?と問い返そうとすると、大きく開かせていた脚をあげてバーナビーの腰に絡みつかせ、ぐいっと引き寄せて、彼の熱を自分の腰に押し当てる。 「なあ、俺で…気持ちよくなってくれよ」 そのあまりにいやらしいしぐさと健気なその言葉に、バーナビーはさわられてもいないのに思わず暴発しそうになってしまった。自分の腰に巻き付く脚のラインに目をやって、くらくらしてしまう。 「あなたそういうの…どこで覚えたんです。勉強したっていうAVですか?」 「え、なんで…?思ったこと、言っただけだけど」 きょとんとしている虎徹にしてみれば、バーナビーの腰に脚を絡み付けたしぐさも無意識のものなのだろう。ただそれは、バーナビーに自分の中に入って気持ちよくなって欲しい、という欲求の現れなのだ。 「っ……ほんとにあなたは…!」 ああ、もう翻弄されてくやしい、と思うけれど、それが虎徹という人だった。いつだってバーナビーのことを振り回して、夢中にさせる、愛しくてかわいいひと。どれだけ見ていても飽きないこの人の、こんな顔を見られるのは自分だけだと思うとたまらなかった。虎徹がこんなことをしてみせるのは、バーナビーしかいないのだ。 「───入れて、いいですか」 「ん…抱いてくれよ」 虎徹の脚を開かせ、ずっと熱を孕んだままだったものを押し付けると、彼はくすくすと笑ってそうささやいた。甘やかす口調。同時に甘えている口調。……それは、恋人同士だけに許された声色だった。 「っ───こてつ、さん…」 たまらなくなって、はやる気持ちを押さえながら、バーナビーは虎徹の中に押し入った。指でさんざんいじられていたそこは、くぷりと音をたててやわらかくバーナビーを受け入れてくれる。 「は───あ……!」 彼を見つめたままバーナビーがゆっくりと腰を進めると、虎徹の口から感極まったような声が漏れた。苦痛の色のないその声に、彼の中のバーナビーがぐんと熱を増す。思わず小さく腰を揺さぶると、そこはひくひくとふるえてバーナビーにしゃぶりついた。 「すごい…あなたの中に僕が入ってる」 少し体を起こして、つながった場所を見ながらバーナビーが感動した口調でそう言うと、虎徹は腰をくねらせながら叫んだ。 「んな…こないだだって見ただろッ…!」 「そうですけど、こうやってあなたの顔も体も、入ってるところも全部一度に見るの初めてで…」 すごいです、と低い声でもう一度言うと、虎徹の腰がびくびくとふるえて、中がバーナビーのものを締めつけてくる。それにたまらなくなって、バーナビーは虎徹にのしかかると、細かく腰を揺さぶりながら彼の奥まで突き入れた。 「あっ、あ、ひ……ああっ…!」 揺さぶるたびに、虎徹の口から色めいた声が漏れる。彼は声を殺そうとはしているようだったが、今日は箍がはずれたように声をあげていた。それが彼が感じている証拠のようで、バーナビーは嬉しくなって、二人の体の間でこすれている虎徹のものを手で包みながら、伸び上がって虎徹の頬にキスを落とした。 「虎徹さんも感じてくれてます?」 「やっ…そ、そこさわったら───あっ、あ、だって…おまえが中にいるの、気持ちい……」 嬌声の間に混じる、彼の赤裸々な訴えにまたバーナビーの体の熱が上がる。他でもないバーナビーを受け入れているから気持ちがいい、なんてこの人はどこまでバーナビーを舞い上がらせるつもりなんだろう。これが無意識なんて本当にタチが悪い。タチが悪いけど───いいのだ。虎徹はきっと、こんなことバーナビー以外にはしないから。 「虎徹さん…こてつさん、こてつさん───!」 「あっ、は…ばにっ……!すげえ、俺、おまえとセックスしてる…」 激しい抽送にバーナビーの背にしがみつきながら、虎徹はそんなことを言った。いままでだって何度もした。何度も二人は体をつなげた。けれど本当の意味でのセックスは、今夜が初めてだった。とろとろになった虎徹の顔を見つめて、彼の素肌にふれながらするセックスは、気持ちよくて気持ちよくてつながった場所から溶け出しそうだった。 「な…ばに…きもちい……?」 「きもちいいです…すごく───」 激しく腰を振りながら切れ切れにそう言うと、彼はバーナビーの下で嬉しそうに笑った。そしてバーナビーの背中にぎゅっとしがみつき、自分も腰を揺らしながら甘い声でささやいたのだ。 「俺も…おまえとするの、すげえきもちいい……」 その低い声に、バーナビーの中に少しだけ残っていた理性も切れた。無言でぐっと虎徹の腰を引き寄せ、獣のように激しく腰を使った。虎徹の手が彼の頭をかきいだき、髪を乱していくのにさえ気が狂いそうなほど感じた。 「あっ…バニー、ばにっ……あ、あ、あっ…ばに、すご……」 「は……虎徹さん、そんなにしないで……っ、もう」 「あ───あ、奥、なか……ばにぃっ…俺の────」 俺のバニー、というささやきを聞きながら、バーナビーは虎徹の中に叩きつけるように精を吐き出した。 人生は薔薇色 僕のためにあなたがいて あなたのために僕がいる 人生は薔薇色 二人の世界はいつだって薔薇色だから ──────────────────了 back |