おまえを傷つけるものすべて 初めはただ、いけ好かない奴だとしか思わなかった。 ヒーローだというのに顔出し、本名。その上、金髪碧眼WASPのハンサムで有能。そして先輩である虎徹をたてようとか歩み寄ろうという気配を全くみせない、ヒーローとしての意識の足りないツンケンした感じの悪いルーキー。 こんな奴と組まされて、うまくいくわけがないと思った。お互いにまったくあわなくて、その上バーナビーの方に虎徹と上手くやろうという意識が皆無だった。コンビとして連携は最悪で、上が呆れてコンビを解消させるのも時間の問題だろうと思っていた。 けれど無理やり組まされて一緒にいるうち、バーナビーは芯からいやなやつと言うわけではないのかもしれない、と虎徹は思いはじめた。面倒くさい、いやなやつだと思いながらも、その生活態度やヒーローとしてのあれこれが気になって、虎徹はちょくちょく彼にいろいろと口出ししていた。 そんな風に自分に構ってくる虎徹に対して、バーナビーは鬱陶しそうなそぶりをみせながらも、どこかで途方に暮れて戸惑っているように見えた。あきらかに彼は、いままでそんな風に扱われたことがないのだ。虎徹がしたことなどちょっとした世話焼きで、きっと誰だってするだろうことなのに、ちょっと近寄りがたい高スペックなハンサムであるがゆえに、誰もそんな風に接しなかったのかも知れない。 そして虎徹のそんな態度に、バーナビーは戸惑いながらも心底嫌がってはいないように見えた。 それがわかった時、こいつはただ素直じゃなくて、人を寄せ付けなくて、だから人との接し方がわからないだけなんじゃないのか、と気付いた。彼がファン以外の比較的近くにいる人間に冷たく接するのは、自分を守るための殻だ。他人と関わりたくないから…関わり方がわからないから、彼は無意識にそう人と接しているのだ。 そう気付いてみると、バーナビーの態度はひどく不器用で子供っぽいものだとわかった。虎徹のことを鬱陶しいと言いながらも、どこかで構われて嬉しいという気持ちが透けて見えた。いつも言う『飯食ったか』という台詞をしばらく言わないでいると、ほんのりとその緑の瞳にさみしげな色を見せるのにも気付いた。 その押し隠した感情の色に、ああこいつはさみしいと言えないさみしい子供なのだ、と虎徹は悟った。二十四歳でヒーローとしてデビューして、スーパールーキーともてはやされて、その容姿に対して群がってくる人間もたくさんいて───だけど孤独なのだ、とわかった。 そしてそれは、バーナビーの過去を知ることで確信に変わる。たった四歳で両親を目の前で殺され、その復讐だけを誓って二十年間生きてきた青年。バーナビーが顔を出し、本名を明かしてヒーローをする理由を知って、虎徹は彼を責めたことを少し後悔した。 生い立ちを知られたからなのか、それとも他に理由があるのか、ルナティックによる犯罪組織のアジト急襲事件の後あたりから、ほんの少しバーナビーの態度が軟化した気がした。彼がずっと一人で背負ってきたのだろう、両親を殺害されたというその過去と復讐心の重荷を、少しでも軽くしてやれたならよかったと思う。 きっとバーナビーはいままで、マーベリック以外の誰にもそのことを告げずに生きてきたのだ。馬鹿にしていた虎徹にそのことを知られて、同時に焦りからの混乱を見られたことは屈辱だっただろうが、それでも誰かと秘密を分かち合うことで生まれる余裕もある。 虎徹は彼の力になってやりたいと思った。誰ともふれあわずに生きてきたこの青年が、少しでも安らげるように、目的を遂げてそのスペックに見合った幸せな人生を歩めるように、復讐以外のものをその目に見せてやりたかった。 少し踏み込み過ぎかも知れない、と思ったけれど、生来のおせっかい癖が出て構うのをやめられなかった。このなかなか懐かない気高い獣のような青年が、少しばかりゆるんだところを見せ出したのが嬉しかったし、彼がずっと持ち続けてきた復讐心を少しだけ共有できた気がした。仲間意識、のようなもの。そうしてようやく、相棒として名ばかりではない関係に近づけたように感じる。 人にふれあわずに生きてきた小動物を、虎徹は慣れさせてそっと撫でることに成功した。そうしたら腕に抱き上げてかいぐりまわしてしまうのは仕方のないことだと思う。そしてその小動物の方も、撫でられる心地よさを知ってしまったら、彼にそれを与えた初めての人間に懐くのは自然なことだ。 ───それは、きっとそういうことだったのだと思う。 そうでなければ、その後のことなんて説明がつかない。インプリンティング。虎徹はバーナビーに認識された、初めての『人間』だった。だからバーナビーは虎徹に固執した。けれど、それはきっと悪いことではなかったのだと思う。世界へのとっかかりとして、その初めがこんなさえないおっさんでも、悪いことではなかった。 (世界は広くて明るい) (それを知るためのきっかけならなんでもよかった) (そこから彼の世界は広がるはずだったから) (だから) ───そのきっかけである人物に起こったことによって、その後バーナビーの世界は、それ以上広がることはなかったのだけれど。 人恋しそうな目をしながら威嚇してくる小動物を、そっと撫でてやりたかった。世界に触れさせてやりたかったし構いたかった。だから虎徹は市長の子供を預からせられた時、ドラゴンキッドと共にバーナビーの部屋に行ったのだ。迷惑がるだろうとは思ったけれど、子供たちとわいわいやっているのもいいだろうと考えてのことだ。 案の定バーナビーは迷惑そうな顔を隠そうともしなかったが、本気でいやがっているわけではないように見えた。赤ん坊にはふれようとさえしなかったが、それはそんな小さな赤ん坊に接したことがなくて、怪我をさせそうで怖かっただけだろう。赤ん坊と遊ぶドラゴンキッドを彼はおだやかに見つめていた。 その顔を見て虎徹は、かわいいなあと思う。いけ好かない奴だと思っていたのが嘘のようだ。今だって充分生意気で面倒な奴だとは思うけれど、なんだか不器用な子供を見ているような心地になってしまう。かわいいな、かわいくてだめだな、と思う。なにがだめなのかは自分でもよくわからなかったけれど。 ドラゴンキッドと赤ん坊がバーナビーのベッドを占拠して眠ってしまうと、虎徹とバーナビーは二人きりで話した。親子のこととバーナビーがずっと追ってきた両親殺害事件の話をする。うっかり見てしまった捜査資料のことを口にしたが、それをバーナビーがあっさりもう一度自分に見せてくれるとは思わなかった。 バーナビーの操作でスクリーンに表示された、膨大な資料に言葉を失う。たった四歳で両親を殺された子供は、二十年間ただ両親のかたきを討つためだけに生きてきたのだ。その時間の長さと重さは計り知れない。 自分がこの青年の親だったら、さぞかし無念だろうと思う。そして同時に、もういいんだと言ってやりたかっただろう。そんなことのために生きなくていい。自分たちのかたきを討つために人生を無駄にしないで欲しいと。 だけど虎徹にはそう言ってやることはできない。虎徹は人の親ではあったけれど、バーナビーの気持ちもまたわかったから。彼の二十年の人生を否定したくはなかった。それを認めた上で、バーナビーが幸せになって自分の人生を生きれたらいいと思う。 「大変だったろう…一人でこんだけ集めるの」 「必死でしたから、この二十年」 スクリーンを見つめながら虎徹がぽつりと言うと、静かな声が返った。そこにはルナティックと対峙した時の激高はない。けれど静かな声の中に深い感情を押し込めているのがわかった。それはそうだろう。二十年ずっと追いかけてきたのだ。輝かしい子供時代も少年時代も全部それにかけてきたものを目の前にして、落ち着いていられる方がおかしい。 それからバーナビーはぽつりぽつりと事件のことを語ってくれた。目の前で両親が殺されたこと。けれど犯人の顔を覚えていないこと。ウロボロスのマークと、それをずっと追いかけてきたこと。その必死な二十年のすべて。 手の中からすべてがすり抜けていくようなその長い年月に、胸が痛んだ。けれど彼がそれを追ってきた年月が長ければ長いほど、焦るなと言ってやりたくなる。バーナビーは冷静な男に見えるが、実は激高しやすい人間だと、バディとしてそばにいた虎徹は知っている。せっかくつかんだ手がかりを逃さない為に、彼を止めてやるのは自分の役割だと思った。 「気持ちはわかるけどよ。肩の力抜けよ」 それはそう簡単なことではないだろう。逸る気持ちはよくわかる。だけどそんなにいっぱいいっぱいになっていたら、できることもできなくなってしまう。それで失敗して、二十年の時間を無駄にして欲しくはないから。 虎徹はあえて笑って、バーナビーに向かって言った。 「大丈夫、必ず見つかるさ」 そんな気楽なことを言って、と返されるかと思ったけれど、バーナビーは虎徹の言葉を聞いて小さく笑う。その表情を見て、彼が虎徹の言葉の意図を呑み込んだことがわかった。けれどそのやわらかな空気はすぐに消え去った。 表情を消したバーナビーを、虎徹は小さく首をかしげて見つめ返す。すると彼はソファに座った虎徹に、音もなく近づいてきた。なんだろうと思って見上げる虎徹の頬にバーナビーは、そっと手を伸ばしてふれてくる。 「───どうして」 こぼれ落ちた声がかすかにふるえていた。薄暗い部屋で、眼鏡越しの緑の瞳がわずかに濡れて輝いている。そこに宿る光に目を奪われて、虎徹は呼吸することも忘れてそれを見つめた。頬にふれている指がほんの少し動いて、頭の片隅で、あ、やばい、と思う。思うけれど、視線をそらすことはできなかった。むしろバーナビーの方が耐え切れなくなったように、顔を隠すように屈みこんで、虎徹の肩のあたりに顔をうずめた。 「あなたなんか、考えは古いし、ドジだし、騒がしいし、おせっかいだし、馬鹿だし……なにもいいところなんてないのに」 悪口を並べられて咎めたいのに、声を出すこともできなかった。バーナビーの声が、虎徹の腕をつかんでいる指が、ふるえていたから。 「それなのに、どうして」 張りつめたバーナビーの声に、虎徹はゆっくりと落ちていくような感覚を味わった。───ああ、だめだ。 ふるえている手を握って、大丈夫だと言ってやりたくなった。なにも怖がることなんてない、と安心させてやりたかった。彼の抱える不安を取り除く為なら、なんだってしてやる。そう思ったから。……だから。 「どうしてあなたといると、楽しいと感じるんだろう。僕はどうして、あなたに気にかけられることが嬉しいんだ」 くやしそうにうめく声に、虎徹はちょっとだけ笑った。笑って、その金色の髪に手を伸ばしてふれる。髪を撫でるように手を動かすと、バーナビーはびくりと肩をふるわせて顔をあげた。夜目にもその白い頬が紅潮しているのがわかって、虎徹はそれをたまらなくかわいく感じる。 「俺さあ、最初おまえのこと、生意気だし、ヒーローとしてなっちゃいないし、ハンサムでいけすかないし、ハンサムだしって思ってたけどさ」 「……あなたにとってハンサムは罵倒語ですか」 「いや並以下の男にとっちゃそんなもんだろ。……じゃなくてさ、前はそう思ってたけど今は違うって話!」 そう言って笑うと、虎徹はくしゃくしゃとバーナビーの髪をかき回す。バーナビーはムッとして眉を寄せたけれど、口に出して文句を言うことはなかった。 「なっまいきだなーとはいまも思うけど……俺はおまえの助けになりたいと思うし、しあわせに笑って欲しいと思うし、俺の持ってるものならなんでもやりたいと思うよ」 「なんでも?」 至近距離から虎徹を見つめて、バーナビーはぴくりと反応した。すぐ近くにある顔を見て、虎徹はやっぱハンサムだな、と改めて感心する。肌も整った鼻梁も緑の瞳も金色のまつげもとても綺麗で、近くで見ても崩れたところはどこにもない。それだけ完璧に整っているのに、バーナビーの容貌に女性的なところはなかった。 同性の顔が整っているのなんて意味はないと思っていたけれど、そんなに近くにその顔があるとちょっとドキドキした。どうやらその美貌は、同性にも効力があるらしい。 息がかかる距離で虎徹を動揺させておいて、バーナビーは一瞬緊張した後で、吐息のようにかすかな声でささやいた。 「じゃあ、あなたをください」 「そんなもん欲しいの?」 「欲しいです」 虎徹が問い返すと、バーナビーはまたちょっとくやしそうな顔をする。そんなところが素直じゃなくてかわいい。かわいいかわいいかわいい。逃れられない距離の起こすときめきと、湧き上がる愛しい気持ちで自然と笑みが漏れた。 「いいよ。欲しいならやるよ。こんなおっさんでいいなら」 深く考えたわけではなかったが、その言葉はするりと虎徹の口から出た。なんでもしてやろうと思ったのだ。そんなものをやるくらいわけのないことだった。やる、というのがどういうことかは具体的にはわからなかったけれど、欲しいというならやろうと思った。 虎徹が答えると、至近距離にあるバーナビーの顔が少しゆるんだ。あ、その顏かわいいな、と思った瞬間には、やわらかなくちびるが自分のそれにふれている。驚いて小さく目を見開くとそれはすぐに離れた。 けれどそれで終わりではなかったらしい。バーナビーは眼鏡を外してテーブルに置くと、ソファにのしかかるようにして改めて虎徹にキスをしてきた。虎徹が開いて投げ出していた脚の間に膝を乗り上げ、ソファの背に手を置いて食らいつくようにくちづけてくる。 「ふ」 食われる、と思った。それくらい必死なキスだった。乞うように口腔を舐め尽くされ、おずおずと舌を絡められる。虎徹は呼吸を求めるようにひくりとふるえてからそれに応えると、勢いを得たようにねっとりと舌を舐めあげられた。 そうした経験値が高いわけではない虎徹にはわからないが、おそらく技巧的にもたくみなキスなのだろう。けれど必死な色合いが強くて、むしろその必死さに溺れた。どんな顔でキスをしているのか見たかったけれど、距離が近すぎてむしろわからない。やっぱまつげなげえ、とだけ思って再び目を閉じた。 「んあ」 目を開けたことを咎めるように、鼻先をこすりあわされた。くすぐったくて思わず声が漏れる。気付いたということはバーナビーも目を開けていたということだろう。なんで咎められるのかわからない。こっちこそこんなおっさんの顔を、そんな距離で見られたくもないと言うのに。 「ばに…」 あまりにも久しぶりのキスに、虎徹はくったりとなってしまった。バーナビーの髪に手を差し入れてかき回すようにすると、ようやくくちびるが離れた。けれど、はあ、と息を吐いたくちびるからこぼれる唾液を吸い取るように、もう一度バーナビーのくちびるがそこをなぞる。ちゅっ、と音をたてて吸われて、ぞくんっと背中がふるえた。 やべえ、ちょっと勃った…と思ったその時、あごひげのあたりを吸いながら、バーナビーの膝が股間をぐりっと刺激してきて、虎徹は思わず体を跳ねさせた。 「ちょっ…バニー!」 バーナビーは虎徹が叫んだ声を無視して、首筋に軽く歯を立てながらなぞり、片手でそろりとシャツ越しに胸を撫でてくる。あげくに膝は調整した力でやわやわと虎徹の股間を刺激している。 「ちょちょちょっ、どこさわってんの」 「くれると言ったでしょう」 虎徹が胸にふれているバーナビーの手をとりあえずつかむと、彼はなぜ邪魔するんだというような不機嫌そうな声で言った。その声ににじむはっきりとした欲望の響きに気付いて、虎徹はあっけに取られる。 「え…そういう意味?」 「そういう意味です」 欲しいと言われてうなずいたけれど、性的な意味まで含むとは思わなかった。虎徹はヘテロだし、バーナビーだってそうだろう。なにより全てにおいて高スペックな男が、こんなくたびれた中年に欲情するとも思えなかった。 が、ようやく少し距離ができて見ることができたバーナビーの顔は、雄くさい欲情を示して紅潮している。ギリシア彫刻のように整った顔に情欲の色があるのはすさまじく色っぽく、同性であるにも関わらず、虎徹はどきりとする。自分はヘテロのはずだ。……ヘテロだと思って生きてきた。けれどバーナビーに求められるのは悪くない気分だった。 悪くないどころかキスも、その自分だけに向けられているフェロモンも、たまらなく扇情的で──── 「いやなら……いいです」 バーナビーは虎徹が戸惑っているのを見ると体を離し、さっきまでの雄くさい顏が嘘のように、傷ついた子供のような顔をする。くれると言われたお菓子を目の前で取り上げられたような、けれどその理不尽さに耐えるだけの我慢強さをもった『いい子』の顏。 「ああ、もう!」 いい年をして、ハンサムで高スペックでどんな女も振り返るような男ぶりなのに、そんな顔をするなと思う。母性どころか父性まで刺激して、どれだけ罪な男なのか。だけどたぶん彼がこんな顔を見せるのは、いまはまだ虎徹だけなのだ。固く閉じていた花がほころんでいく瞬間。それに、虎徹は立ちあっている。 自分の手でそれを咲かせてやれるなら、これ以上のことはない。バーナビー自身のことを思えばその相手は虎徹ではないほうがいいのだろうが、他でもない彼がそれを望んでいるのだ。それなら、花が欲しがるだけの水を与えてやってもいいのではないか。 そう思って、虎徹は一度離れてしまったバーナビーの背中に手を回してぐっと引き寄せると、倒れ込むように自分にのしかかってきた彼の肩に顔を乗せてわめいた。 「やじゃねーよ、やじゃねーけど、今日はだめ!」 「だめ…」 虎徹の耳元で、途方に暮れたようにバーナビーがぽつりと言う。さっきまでの雄くさい顔と声はどうした、と思うようなそれに耐え切れずに、虎徹はぎゅうぎゅうとバーナビーの背を抱きしめて言葉を続けた。 「じゃなくて、子供らいるだろ?市長の子供をあずかってる最中だろ?それにさ…」 「それに?」 語尾を濁した虎徹に、バーナビーがするどく突っ込んでくる。虎徹はちょっと恥ずかしい気持ちになりつつも、赤くなって小声でぼそりとつぶやく。 「いや、ちょっとさすがにまだ覚悟が」 欲しいと言われて、いいよと言って、あんなキスをされればバーナビーが本気なのはわかる。わかるが、ずっとヘテロとして生きてきて、年若い相棒にそんなことを言われるとは想定していなかったのだ。少しばかり覚悟する時間が欲しい。それに、バーナビーの勢いからして、どう考えても虎徹の方が抱かれる側のようなのだから。 「覚悟ができたらいいんですか」 「あ…うん……いやではないかな、と」 体を離して、顔をのぞき込まれながらそう問われて、視線をうろうろさせながら虎徹は答えた。性的な匂いのするキスをされても不快感はなかった。男同士がどうやるのかおおざっぱな知識しかないが、バーナビーにふれられるのは嫌ではないと思う。 今日とて、子供たちがいなければこのまま流されていたかも知れない。それくらい、嫌悪感はまるでなかった。 バーナビーは虎徹の顔をじっと見て、彼が本心からそう言っているのを確認すると、ふわりと花が開くようにやわらかく笑った。そこににじみでる色めいた気配に、虎徹は目を奪われる。 「ではあなたの覚悟ができるまで待ってますよ、おじさん」 やわらかな笑顔でソファから立ち上がりながら、言葉だけは生意気なそれを保ってバーナビーは言った。もうすでに自分の欲しいプレゼントが買われているのは知っていて、誕生日まで指折り数えて待っているような…そんなじわじわとしあわせそうな表情。 それに、虎徹もまたしあわせな気持ちになる。市長の子供を返したら、なるべく早くその機会を作ってバーナビーに抱かれてやろうと思った。なにも持っていない、なにも持とうとしないこの青年をほほえませるプレゼントを与えてやりたい。それが自分だというなら、いくらでも与えてやる。 欲しい物をもらって、この青年が笑う姿が見たかった。花開く瞬間が見たかった。それはきっとしあわせな瞬間だろう。バーナビーにとっても、自分にとってもきっと。 ────そんな幸福な日は、永遠に来なかったけれど。 ごめんな、と後から思い返して何度も何度も思った。 ごめんなごめんな、と思ってもどうしようもないことを何度も。 市長の子供は誘拐され、ドラゴンキッドの働きがあってそれを救出できた。けれどその後から事態は急変していく。バーナビーの記憶が甦ってきて犯人の顔がわかったこと。爆破テロ事件とそれに続くウロボロスの声明。その組織の求める人物がバーナビーの探していた親のかたきだという事実。バーナビーの素性をおおやけにする会見。 そして折紙の潜入捜査。それに絡む虎徹の失敗…… 「あなたを信じてみようと思っていたのに!」 そう叫ぶバーナビーに追いすがっても、許されるわけはなかった。虎徹が彼を信じずに出過ぎたせいで、彼は二十年間追ってきた親のかたきを、目の前で取り逃がしたのだ。 不安だった。守ってやりたかった。両親のかたきを取るために必死で、我を失いそうなバーナビーを止められるのは自分しかいないと思った。暴走する彼が傷つかないように、相手を殺したりして取り返しのつかないことにならないように、自分が守ってやらなくちゃいけないと思った。 「自分を信じてくれないような人など、信じられません」 そうだ虎徹はバーナビーを信じなかった。彼が理性を持った大人の男であることをきちんと認識していなかった。虎徹にとってバーナビーは素直じゃない生意気なルーキーで、能力の割に人生経験のたりない若造で、守ってやらなくてはならないかわいい兎ちゃんだった。 ごめんな、と虎徹は思う。バーナビーは虎徹を信じてくれようとしたのに、その期待を裏切った。彼は一度は虎徹を欲しいと言ったけれど、もういらないだろう。彼の中で虎徹の価値がさがったからだけじゃない。絆を求めていたバーナビーは、虎徹が彼を信じなかったことで傷ついたのだ。つながっていると思っていたものが一方通行だと思ったのかも知れない。あなたを信じてみようと思ったのに、というのはそういうことだ。 だけど虎徹はバーナビーが大事だった。守ってやりたかった。その思いが違うというなら仕方がないと思う。虎徹が差し出せるのはそれだけだった。謝って、謝って、そして許して欲しいと思う。欲しがらなくていい。だけど虎徹が彼を思うのだけは許容して欲しいと思うのだ。 思ってそして、虎徹は目の前にいる敵に真向かった。 人気のないスタジアムの中央に立つ虎徹の前にいるのは、ジェイク・マルチネス。バーナビーが追い続けてきた両親のかたきだ。 この男はジャスティスタワーまで乗り込んできて、ヒーローとのセブンス・マッチを申し込むというふざけた真似をしてきた。すでにKOHであるスカイハイもロックバイソンも倒され、対戦するヒーローは虎徹で三人目だ。 次のバーナビーに回る前に決着をつけてやる、とそう思って虎徹は能力を発動した。───けれど、スカイハイすら簡単に倒したジェイクには、虎徹はまるでかなわかなった。 強力なバリアを使うジェイクに力技は通用しない。だったらスピードだと決めて飛びかかっても、その動き全てについてこられる。まるで動きを読まれているかのようだった。バリアが強力でも、攻撃と防御を同時に行なうことはできない。さんざんバリアを利用して虎徹を叩きのめしているジェイクには隙が生まれそうなものなのに、それが少しもない。 虎徹はジェイクに指一本ふれることもなく、一方的に叩きのめされているありさまだった。そしてなにもできぬままハンドレッドパワーが切れる。能力を使ってもかなわなかった相手に、もうこの先は絶望的だった。 「もう無理よ、あきらめて!」 「いまここで倒れるわけにはいかねえんだ」 ヒーロー専用回線を通して、ブルーローズの声が聞える。それに答えるようにうめきながら、虎徹はよろよろと立ち上がった。 どうやってもかなわなくても、立っていられる限り立ち向かわないわけにはいかない。虎徹はヒーローだ。 それに、自分が倒されたら次はバーナビーだ。 同じ能力の自分が闘い続けてみせることで、なんからの突破口が開けるかもしれない。バーナビーが闘う時のヒントになるかもしれない。それならば少しでも長く闘っていたかった。敵の戦力をそぐ為にも長く長く。 その粘りが功を奏したのだろうか。ただの偶然か。虎徹がけつまずいて意図せずに宙を舞った後、回転した足がジェイクの頭に当たった。あれほど素早い攻撃をしても誰も一度もふれることのできなかったジェイクに、虎徹はそうしようとも思わないまま蹴りをくらわせたのだ。 けれどたいした打撃を与えるわけではないそれは、ジェイクを激高させた。 「おお…いってえ、やりやがったなあ!」 ジェイクはそう叫ぶと、ヒステリックに叫びながら立て続けにバリヤを虎徹にぶつける。爆発に近い衝撃を至近距離から何発もくらって、虎徹の体はふっとんで壁に激突する。それでもジェイクの攻撃はやまなかった。斎藤の研究の結晶である、丈夫なスーツを破壊してもなおそれは続けられる。 「こんなの流せないわ!CMいって!」 混乱しているのか、開きっぱなしになっていた回線からアニエスの声が聞えた。壁にめり込んでもなんとか意識を保っていた虎徹は、自分はいったいどれだけひどい有り様をさらしているのかと思う。全身がめりめりと痛んだ。気力をふりしぼっても、腕すらあげられない。 「くそ虎徹うぅぅぅ!てめえ、よくもやってくれたなあああ」 能力すら使われずガンガンと足で蹴られながらも、もううめき声をあげることしかできなかった。自分が負けたという絶望感より、次はバーナビーだと思うことの恐怖の方が強かった。同じハンドレッドパワーの虎徹が、ほとんどなにも反撃することもできないままやられてしまったのだ。彼が勝てる見込みはほとんどない。 どこかに突破口は…と必死に考えた。バニーバニーバニー、あの両親のかたきをとるために生きてきたあわれな青年のために、目的を遂げる為の力を。ヒントを。それだけがいま、虎徹にできることで──── (どうしてあなたといると楽しいと思うんだろう) (あなたに気にかけられるのが嬉しいんだろう) (あなたが欲しい) (あなたをください……) 悔しそうで苦しそうな、でもどこか幸福そうなバーナビーの顔が思い浮かぶ。あの時確かに彼は恋をしていた。生まれて初めての恋に戸惑って少し浮かれていた。二十年間彼にその余裕を与えなかった復讐の相手が、いま虎徹の目の前にいる。 こいつを倒せばバーナビーを解放してやれるのに。もっともっとあんなはにかんだ、しあわせそうな顔をさせてやれるかもしれないのに! 虎徹が強くそう思った時、不意にジェイクが彼を蹴る動きを止めた。なにか面白いことを思いついたというように笑って、後ろを振り返る。 「よーし、もっとおもしろいショウタイムを見せてやるよ。おい、しっかり映しとけよ!」 クリームの操るカメラをかまえたマッドベアのぬいぐるみに向かってそう言うと、ジェイクは瓦礫になかば埋まっている虎徹に手を伸ばしてきた。 そして、彼の攻撃によって損壊したヒーロースーツをさらにバキバキと音をたてて壊し、虎徹の体からはぎとる。ジェイクはアンダースーツとアイパッチだけになった虎徹の足を持つと、無造作にずるずると引きずって壁際から離し、スタジアムの真ん中に連れていった。 「っ、あ……!」 後頭部を地面につけたまま、顔を上げる力もなくひきずられて、落ちている瓦礫でガンガンと頭を打った。抵抗できないならせめて無様な悲鳴だけはあげたくなくて、必死に歯を食いしばる。 そんな虎徹を、ジェイクはおもしろそうに見下ろしていた。 「てめ、なにするつもりだ」 スタジアムの真ん中でようやく足を離されて、虎徹は力の入らない声でうめいた。ジェイクはにやりと笑うと 「It's show time!」 と高らかに叫ぶ。それを見て、ソファに座ったままのクリームが、小首をかしげて言った。 「あら、ジェイク様。そんなロートルにお相手をさせるんですの?妬けますわあ。でも、でしたらカメラを増やしますわね。くまちゃん、カメラを持ってあの男をあらゆる角度で映しなさい。そうそう、放送には分割で全カットをね」 クリームの言葉と共に、何体かのマッドベアがカメラを持って虎徹のもとに走ってくる。周囲を小型のカメラで取り囲まれ、虎徹は体をすくませた。この映像がテレビ局に届いているとすれば、虎徹のすべてが映し出されていることになる。 「なにを…」 うろたえて必死に顔を動かすと、目の前にぬっとジェイクが立つのがわかった。ジェイクは虎徹の体を跨いで立っている。それを振り仰ぐより先に、ガツッと髪をつかまれて顔をあげさせられた。 「な」 そこにあったものに虎徹はぎょっとする。ジェイクは虎徹を跨いで膝立ちになり、もともと緩めているズボンの前から、性器をとりだして片手でしごいていた。そしてあらわにしたそれに、虎徹の顔を無理やり近づける。 「咥えろ」 「んむ」 なにが起こっているのか理解できないまま、むっとする雄の匂いを放つものが口の中に入ってくる。反射的に噛んでやろうとしたが、音がしそうなほど強く顎をつかまれてそれは果たせなかった。白人種にしては色の濃いそれが、一気に喉の奥まで突き入れられる。 「噛むんじゃねーぞ。噛んだら歯あ全部へし折るからな」 「ぐ…ん、く」 歯を折られることを畏れてではなく、息ができずに、虎徹は本能で必死に口を開いた。大きく口を開けることでできた余裕で空気を吸いこもうとするけれど、そこにぐいっとさらに性器を押し込まれ、喉をふさがれて結局息ができない。 「あー、ひさびさの感覚だわ。んー、しょぼいおっさんの口とはいえいいねえ。おい、いい加減自分で顔あげてろよ。手ぇだりーんだよ」 ひゅうひゅうと喉の奥でおかしな音をたてる虎徹のことなど気にも留めず、ジェイクは彼の喉に己の性器を出し入れする。つかまれた髪が何度かぶちぶちと音をたてた。自分の口腔を出入りするものが信じられない。意味がわからない。全身が痛い。息ができない。なにが起こっている。体が動かない。 自分が蹂躙されようとしていることを理解できないまま、虎徹はもはや本能だけで、ただ生き延びようと必死に口を開けて息をしようとした。口腔を出入りするものがやがて硬く大きくなっていくのにさらに喉をふさがれて、生理的な涙を流しながらがくがくとふるえる。 「んー、おしゃぶりもできねえのか。まー、久しぶりだからこんでもいいわ。そろそろ本番といくかね」 つぶやいて、ジェイクが性器をひきぬいて手を離すと、虎徹はそのままどさりと仰向けに倒れた。口もとが唾液とジェイクの体液でべたべただったが、ぬぐう為に腕をあげることもできない。それにきっとぬぐっても意味はない。ここに来てようやく、虎徹は自分がこれからなにをされようとしているのか理解した。 虎徹はこれからジェイク・マルチネスにレイプされる。何台ものカメラの前で監視されながら、男として最悪な意味で蹂躙される。それはおそらく快楽を求めての衝動ではない。征服したと、それだけを示す行為。 相手を刺激するだけだとわかっていて、虎徹はそれでも唯一動く口をゆがめて、皮肉を口にした。 「は…こんなおっさん…相手にす、なんて…独房暮らしは、ずいぶん飢えて、んだな……」 「俺は博愛主義だから、仕える雌穴は全部使ってやるぜえ?」 ジェイクは笑いながら、アンダースーツに包まれた虎徹の脚を無造作に開き、パチンと指を慣らした。小さく発せられたビームに似た光線がスーツを切り裂くついでに浅く肌をえぐって、体がびくんと跳ねる。本能的なそれにジェイクはにやにやと笑い、裂けた所からスーツの穴をさらに拡げる。 突っ込むところだけをむき出しにされた虎徹の脚の間に入り込むと、彼の口腔で育ったものを押し付けてぬるぬると入口に先走りを塗りこめる。 「それに独房にいたわけでもねーのに、こんなおっさん相手にさかるやつもいるみてえだしなあ?」 「───?ど…」 どういう意味だ、と問い掛けかけたくちびるが開いた形のまま凍りつく。無理やり広げられた脚の間、引き裂かれたスーツの隙間からジェイクのものが入ってくる。 「ひっ!」 ぐっ、ぐっ、と何度か具合を確かめるように浅く挿入されたそれは、その後めきりと音をたてて一気に中に入ってくる。男の性器が入っているなどという認識などできない、熱せられた鉄の棒を突っ込まれているようなすさまじい痛み。 「ひいっ、ぐ、ああああああああっ!」 下肢から体が引き裂かれていくようだった。脚をつかんで引き寄せられ、いきなり奥まで突っ込まれて体がガクガクと痙攣する。息が上手くできずに喉がふるえ、悲鳴さえ途中で息が切れて上げ続けていられない。 「あ、ひっ、ひう、うがっ……が、あっ…いっ───!」 「あらあ、もっと悲鳴をあげてくださらないと、臨場感あふれる映像がとれませんわあ。ヒーローのくせに根性がありませんわね」 「クリーム、まあそういうな。俺のでかいペニスぶっこまれて、壊れちまってんのさ」 「ま、ジェイク様、そんなうすぼけた中年男を庇うんですの?妬けますわ。──具合はよろしくて?」 「まあまあってとこだな。初物だから締まる締まる」 「きぃ!ジェイク様ったら!」 痛みに痙攣しながらかすれた悲鳴を上げる虎徹をよそに、ジェイクとクリームの間ではそんな甘さを含んだ会話が交わされる。この野郎、と思う余裕もない。中が切れたのか滑りがよくなったのに気を良くして、ジェイクが激しく腰を使いはじめたから。 「ひっ───ああああっ、あっ、痛っ…あ、痛てえ。やめ、もっ…あああああああああ、あああっ、ひ、あ」 「声でんじゃねえか。そら、もっといい声で啼けよ。ひいひいってな。ジェイク様のペニス奥までつっこんでえ、ってそのきもい声でよお」 「あっ…やめ……さけっ、裂ける…!脚裂ける」 ぐいぐいと脚を開かされ、もっと奥にまで突っ込まれて虎徹は身も世もなく泣いた。ヒーローとしての矜持も忘れ、ただ目の前の苦痛から逃れたい一心で下肢から力を抜く。ぬめった内側を、男の剛直が擦っていく。自分はいま犯されているのだ、とその感覚だけがリアルだ。 いつの間にか通信はすべて沈黙している。向こうからのそれをどこかで全部切っているのだろう。事態を見ていた誰かがここに来ようとしたのかもしれない。けれどそれはジェイクを怒らせ、街を崩壊することにつながる。それを防ぐ為に、通信を遮断して虎徹を切り離したのだろう。 『こんなの流せないわ!』 アニエスが叫んだ言葉を思い返して、映像もすでに切れているだろうことにほっとした。よかった、と思う。放送もだが、自分のこんな姿を年若いヒーロー達には見せたくない。みっともないというだけではない。きっと、こうしたことは彼らには受け止められないほどショックだろうから。 だけどきっとバーナビーは見るだろうと思った。放送が途切れれば、アニエスのもとにいってでもカメラ映像を見ようとするはずだ。それは次に対戦するものの義務だ。それに、なんとしてでもジェイクを倒そうと思っているバーナビーが、少しでもヒントを得られるかも知れない映像を逃すはずがない。 それは虎徹を心配してのことではない。そうじゃなければいい。彼が虎徹の身を思ってこの映像を見ていないといい。自分が欲しがったそれが他人に横取りされ、引きちぎられているような思いで、見ていないで欲しかった。 「おー、ちょっとよくなってきたな。おい、もっと締めたり緩めたりしろよ。種付けしてやるからよ、ワイルドな雌虎ちゃん」 ジェイクの声ももう聞えずに、虎徹はただ揺さぶられていた。焼き切れた精神は現実を切り離し、ただ過去の思い出と悔恨だけが虎徹を支配する。 こんなことならあの時抱かせてやればよかった。 バーナビーがまだ自分を思っていてくれている間に。バディとしておずおずと手をのばして、お互いを信じようとしていたあの時に。 そうすればきっとバーナビーはしあわせそうに笑ってくれただろう。あとでそれが幻だったと知っても、いっときでも彼は欲しい物を手に入れられただろう。彼がずっと欲しがっていた、互いを本当に信じあえる絆というものを。 (ごめんなバニー) (バニー、バニー、ばにぃ…) 「おら、休んでんじゃねえよ。締めろ!俺は食いちぎられそうなくらいきっついのが好きなんだよ」 「うあっ…!」 殴られてうめいたけれど、それはもう反射でしかない。意識はジェイクには向かない。虎徹はただひたすら、自分の内側に湧き上がる思いと向き合っていた。死にそうな痛みと恥辱の中で、家族やさまざまな思いが沸き上がり、けれど最後には自分の後で闘うだろう相棒のもとに戻っていく。 家族とはまた違う大切さを、虎徹はこの場になってようやく思い知った。背中を預けあえるようになれると思っていた。信じあえる絆を築いていくのだと思った。信じてやれなかった。虎徹が傷つけた、たった一人同じ能力を持つ相棒。 (バニー) (バーナビー) (傷つかないでくれ) (俺は平気だから) (こんなことなんでもないから) (だからおまえは────) 自分をののしったバーナビーの顔を思い出す。傷ついた顔をしていた。虎徹を切り裂くような冷たい言葉を吐きながら、自分の方が傷つけられたような、心細い子供のような顔をしていた。彼を傷つけたのは虎徹だ。守ってやりたかったのに。傷つかないようにしてやりたかったのに。なのに自分自身が彼を傷つけた。 だからこれ以上傷つかないで欲しい。自分のことで傷つかないで欲しい。これを見て虎徹を思わないで欲しかった。こんなことなんでもない。なんでもないのだから。 「締めろっつーの、ほら!」 「うっ…!」 突っ込まれたまま、ぐうっと首を絞められて虎徹はうめいた。首を振って手を外そうとするけれど、もはや体に力の入らないそれは弱々しくふるえてみせたにすぎなかった。 「ひっ、かっ、は…!」 息ができない。大きく口を開けて空気を吸いこもうとするのに、押さえつけられた喉元からそれは入ってこない。はくはくとくちびるをふるわせて、舌を突き出した格好のまま全身が痙攣する。脳裏が真っ赤に染まる。息ができない。苦しい苦しい苦しい!死んでしまう。このまま死ぬ。男に犯されて、揺さぶられながら首を絞められて、呼吸ができずに死んでしまう。 ヒーローとして街を守れないまま。 大切なものをなにひとつ守れないまま。 「ぐ───」 「はっはあ!締まった締まった。あー、いいねえ。この痙攣、たまんねえ」 「うあっ……あーああーっ、あっ、あ……う……」 ひぃひぃと自分が断末魔の獣のような悲鳴をあげていることさえ気付かなかった。意識が薄れても、全身を貫く痛みが虎徹を引き戻す。気を失うこともできない痛みの中で、死ぬと思いながら虎徹は最後にはただ、祈り続けていた。 祈るようにただ、ひとつの名を呼び続けていた。 (バニー、バニー、バニー……!) (バニー、バーナビー…) (バニー、俺のバニー……バニー───!) ────傷つかないでくれ、と虎徹はただそれだけを祈った。 back |