冷蔵庫の中に

あなたをつめよう








あなたは僕に、失った人生をもう一度くれた。
世界は…生きることはこんなにも楽しいものなのだと教えてくれた。
あなたを失うことは人生を再び失うこと。
あなたがかたわらにいないのなら、僕はもう生きている意味がない。



 ずっとずっと自分のものにしたかった。好きだと言って、抱きしめたかった。キスをして、その肌にふれて、境目がなくなるくらいどろどろに抱きたかった。
 だけどできなかった。
 失うことが怖かったから。
(好きだと言って、拒絶されたらそばにいられない)
(バディとして、気の置けない仲間として、歳の離れた友人としてかたわらにあることも許されなくなる)
 だからバーナビーは、沸騰しそうな熱をかかえたまま彼のそばにいた。せめて彼の一番近くにいる人間でありたかったから。
 ねえだけどあなたが僕の隣からいなくなるというなら…あなたが僕からあなたを奪うと言うなら、もういいでしょう?あなたを失うなら僕はもう人生はいらない。あなたの他のなにを失ったって僕はもう怖くないのだから。
「おじさん、書類を預かってきましたよ。あなたが僕のところにいるなんてひとことも言ってないんですけど、会社には気付かれているんですかね。それでもなにも言ってこないのは、僕に押し付けてれば安心だと思ってるんでしょうけど」
 会社から自分の部屋に戻ったバーナビーは、そこに閉じこめていた男にむかって書類を差し出しながらほほえんだ。NEXT用の枷で手足を拘束された男は床に転がってもがきながらなにごとかを叫んでいたけれど、バーナビーの耳にそれは届かなかった。
 彼の言葉を聞く必要はない。彼が自分を拒絶する言葉など、バーナビーは聞く気などなかったから。
「最終通告ですよ。アポロンメディアはあなたの籍を抜きました。いつ暴走するかわからないヒーローなど危なくて会社はいらないそうです。どのみちあなたのヒーロー許可証は近々取り消されることになっていますしね。ヒーローどころかあなたは立派な危険人物だ。NEXT専用の施設に入れられたくなければ大人しくここにいることです」
 書類をばさりと床に投げ出して、バーナビーはひざまずいて彼の顔をのぞきこんだ。バーナビーがいない間ずっともがき、暴れたのだろう、枷のはまった手足からは血が滲み、その目元は涙で濡れていた。彼が泣いているのはなぜだっただろう。手足の自由のきかないくやしさから?こんな状況に陥らざるを得ないふがいなさから?それともバーナビーにこんなことをされる屈辱からだっただろうか。
 バーナビーはやさしくやさしくほほえんで、彼の乱れたシャツの胸元に手を伸ばした。ふれたくてふれたくて気が狂いそうだった体が目の前にある。バーナビーはいま彼を好きにできる。彼がどう思ったってかまわない。だって彼はバーナビーから彼を奪おうとしたのだから。
「ヒーローをやめて、ここから出ていって?それでどうするんです?いつ暴走するかわからないあなたはまともな職にはつけない。経歴を隠して働いて、うかうかと誰かをその力で傷つけてしまうような真似をしますか?」
 どこまでもやわらかい声でささやきながら、バーナビーは彼のシャツのボタンを外した。あらわになる浅黒い肌に指をはわせる。しっとりとしたその肌は持ち主が暴れていたためか、熱を持ってバーナビーの指先に馴染んだ。さらにシャツをはだけていけば、薄い色の乳首や綺麗な腹筋があらわになる。
 ロッカールームやトレーニングセンターで着替えている時、こっそり盗み見た体。同じ男の体なのにひどく興奮して、無防備に着替える彼を恨みに思ったりもした。食らうこともできないのに目の前に餌をぶら下げられた獣のような心地を、ずっとずっと味わってきた。
 だけどもうその飢えをこらえる必要なんてない。彼はもうバーナビーのものだ。そうなるしか彼には生きる手段はないから。他の方法などバーナビーが取り上げてしまうから。
「金が無くなるまで引き籠もって、その先はどうします?浮浪者にでも?娘さんはどうするんですか?あなたが暴走の危険性を持つ以上二度と会えませんけど」
 外気にさらされてふるえている乳首に舌をはわせながら、バーナビーはくすくすと笑う。嬉しかった。興奮した。もっと下の方にもふれたくて、乱暴な手つきで彼のベルトを外し、下着ごとズボンを引き下げる。足で蹴るようにして膝下までひきおろす。足の枷は片方だけだったが、全部を脱がすことはできずに布地が彼の片足にたまった。そのことに焦れながら、脚をおさえてその内側にくちづける。全体的に浅黒い肌はしかし、そこは日に焼けないのかうっすらと白かった。今まで見たことのないその色に欲情して、バーナビーは強くそこを吸う。
 肌の上に赤い跡がつく。それはバーナビーの所有のあかしのようで、ひどく彼を興奮させた。
「僕が養ってあげますよ。あなたも、娘さんも…僕はあなたと違って人気ヒーローですから、あなたがた程度養うのなんて造作もない」
 何度も何度もそこを吸って、鬱血のあとをいくつも残した。誰も見ることのない場所に、この先だれも見ることない所有のしるしを残す。これは僕のものだ。誰にも渡さない。誰にも会わせない。もう二度と誰にも見せないから。
「それに僕がいればあなたの暴走を止めることができます。まあ外に出してあげることはできませんけど、たまに娘さんに会うことぐらいは許してあげますよ。もちろん僕立ち会いのもとで、ですけど」
 内心思ったこととは別のことをさらりと言って、またバーナビーは笑う。嬉しくて嬉しくて、腹の底から声を出して笑いたかった。手に入れたやっと手に入れた。世界は彼を見放して、だから彼は僕のものだ。世界に愛された彼を手に入れるなら、世界から引きはがさなければならなかった。そのことを、バーナビーはいままで気付かなかったのだ。
「ねえとりあえず、あなたを僕のものにしますね。あなたは思い知るといいんです。もうあなたは僕のもので、それ以外のなにものにもなれないんだって。僕のために存在して、僕のためだけに生きる。それしかやれることはないんだって」
 彼が自分の体の下でもがき、うめいた言葉をバーナビーは聞かなかった。彼はもうバーナビーの所有物で、だからその意志など関係ない。彼に言葉はもう必要ない。拒絶しようが泣こうがわめこうが、もうどうだって構わないから。彼がなにを言おうと、彼がバーナビーのものである事実はかわりはしないのだから。
「おじさん……虎徹さん────」
 うっとりと彼の名前を呼び、バーナビーは彼の脚を割り開いて、ひくりと息づくそこに自分のものを押し当てる。まるで慣らしもしていないそこは固く閉じてバーナビーを拒んだけれど、拒絶を許さずに無理やり中に押し入った。
「虎徹さん、虎徹さん、虎徹さん……あっ…中、熱い……」
 ぎゅうっと締めつけて来るそこに痛みさえ感じたけれど、彼の中にいるという事実がそれを凌駕する。繋がったそこはバナービーを拒むようにきつく収縮を繰り返していたが、内側は熱くうねってバーナビーに快楽をくれる。強く抱きしめた体はしっとりとバーナビーの腕に馴染んで、宿る熱を高くした。
 やっと手に入れた、やっと手に入れた、やっと手に入れた。
 もう僕のものだ。絶対に離さない。どこにもやらない。だれにも邪魔はさせない。自分から彼を取り上げることなど絶対に許さない。
 たとえそれをするのが彼自身だとしても。
 彼がバーナビーを拒むのだとしても。
「虎徹さん…あなたは僕のものだ」
 ほほえみながらうっとりとバーナビーは言った。嬉しくてほほえまずにはいられなかった。そしてその顔を見つめていた彼が、くしゃりと顔をゆがめる。
「……ごめんな、バニー」
 そっと伸ばされた手はバーナビーの髪にふれた。泣いているこどもの頭を撫でるように。なぐさめを欲している者にそれを与えるように。
「ごめんな」
 その手はとてもやさしかった。
 ただ───やさしかった。






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