信仰 ハアハアハア、という荒い吐息だけが部屋の中に満ちている。 頭上の明るい照明を落として、やわらかな間接照明しかないうすぐらいそこは、バーナビーの寝室だった。ひとりで眠るにはやや広いベッドの上、バーナビーは裸にシャツをひっかけただけの虎徹の上にのしかかっていた。 「虎徹さん…」 自分が服を脱がせ、裸にむいた体に興奮する。褐色の肌も、綺麗に筋肉のついた胸部から腹部も、細い腰も、しなやかな脚も、なにもかもきれいな人だと思う。たしかに男の体なのに、年齢よりずっと若く見えるとはいえ『おじさん』の体なのに、きれいでなまめいていて、バーナビーはいつだってその体の全部にふれて確かめたくなる。 「虎徹さん…虎徹さん………」 バーナビーは自分の中にあるその衝動のままに、その体のあちこちにふれ、ちゅっ、ちゅっと音をたててキスを落とした。首筋に吸い付き、へその脇をなめあげ、腰をなぞって脚の内側に跡をつける。ベッドの上にひざまづくと、額をすりつけるようにして足の甲にくちづける。まるで聖者の足もとにひざまづく信者のように。 そしてそのまま足の指に舌を這わせると、虎徹が慌てたように暴れた。 「馬鹿、やめろ。足なんて汚い…!」 「あなたの体で汚いところなんてどこにもないです」 「そんなわけあるか!いいからやめろって…」 そう言って暴れられて、バーナビーはしぶしぶと足からくちびるを離した。そして今度は足もとから這い上がるように、上に向かって指と舌を這わせる。もう一度脚の付け根に戻り、ゆるく勃ちあがっているものに音をたてて吸い付くと、虎徹はバーナビーの髪に指を差し入れてたまらなくなったように声を漏らした。 「あっ…は、ばに……」 一瞬漏れた声を恥じるように、虎徹は自分の口を片手でおさえて声をこらえている。バーナビーが彼のものを口に含み、唾液をなすりつけるように先端をぐりぐりと愛撫すると、声もなく彼の下腹が跳ねた。そのまま彼の欲望のあかしを舐め回し、じゅっじゅっとわざとたてた淫猥な音にまぎれるようにして、勃ちあがったものの影でひくついている粘膜をいじる。 「うあっ…あんっ……!」 熱を喉の奥まで入れて愛撫してやりながら指を突き入れると、女性のような甲高い声が上がる。少し驚いて顔を上げると、虎徹は真っ赤になりながら、見るな、とバーナビーの髪をつかんで顔を下に向けさせる。 「ここ、感じるんですよね。虎徹さん、ここいっぱいいじるとすごくいやらしくなる」 「あっ…い、いながらいじるんじゃねっ……いやらしいって、こんなおっさんが気持ち悪い、だろっ…」 「いいえ。すごくきれいです。それに、いやらしいって言うか色っぽい。たまらない。ずっと見ていたい」 赤裸々にそう言って、バーナビーは自分の髪にからんだ虎徹の指を無視して顔をあげる。見上げれば、どう反応していいかわからない、という風情で赤くなっている虎徹の顔が見えて、情欲を宿したその表情にバーナビーは興奮した。 虎徹が乱れる姿を見るたび、バーナビーはおかしな心地に陥る。この清潔できれいな男が、自分の指で乱れるのが不思議で仕方がない。きっと誰にも見せることのないのだろうその表情を見ながら、バーナビーはいつも聖者をひきずり落とす悪魔にでもなった気持ちになる。 そう、悪いのは悪魔だ。人間の体はふれられ、まさぐられれば欲望を感じるようにできている。どんなに高潔なひとだってそれは同じなのだ。だから彼を堕落させる悪魔がいけない。 そう思って小さく笑うと、バーナビーは虎徹のものを口腔で出し入れして愛撫しながら、同じ速度で彼の内側をいじる。ぐっと指を曲げて彼が感じるところにふれると、虎徹は指でおさえても殺せない声をあげて、びくびくと下腹をふるわせた。 「バニー、それ以上すると出るっ…」 「出してください。あなたのミルク、全部飲ませて」 「だめだ。そんなに何回も、もたないからっ…」 だから早くおまえのを入れろ、と赤くなりながら彼が言うのに、バーナビーは愛しくていやらしくて、どうにかなりそうな気持ちになりながらそれでもあえてやわらかな声で言った。 「僕はしなくてもいいんですよ。あなたが気持ちよくなってくれるなら」 「ばか、それじゃおまえがつらいだろ。いいから来いよ。俺だっておまえが欲しいんだ」 「あなたはやさしいですね」 そう言ってほほえむと、虎徹は一瞬少し悲しそうな顔をした。その表情の意味がわからなくて、バーナビーは体をずらすと、彼の上にのしかかってその顔をのぞきこむ。 「いいからしろ、よ…これもうバキバキじゃねえか」 「ちょっ…さわらないでください。あなたの指、気持ちよすぎてだめだ」 「じゃあ、早く」 ねだる口調で虎徹が言うのに、やっぱりやさしい人だ、とバーナビーは思う。バーナビーが彼を強く欲しがっているのをわかっていて、躊躇しないようにと自分の方からねだってくれる。バーナビーにこれは彼にねだられたからだ、という言い訳を与えてくれる。 バーナビーはそのやさしさに甘えて、やや性急なしぐさで彼にのしかかり、その脚の間に体を割り込ませた。さきほどまでバーナビーの指を受け入れていた場所が、ひくりとふるえて熱を受け入れてくれる。 「んっ…く………」 ずいぶん慣れたとはいえ、本来するべきではない行為をしているのだ。どうしても最初は苦痛をともなう。バーナビーは気づかう言葉を彼にかけそうになったが、そうすれば彼はまたやさしく自分を受け入れようとするだけなのだろう、とそう思ってあえて口にしなかった。ただ慰めるようにこめかみや頬にキスを落とす。 「バニー…あっ、なんかおま、きょうでかい……ひ、あっ……バニー…!」 「名前、もっと呼んでください」 蠕動する中の感覚と卑猥な言葉に煽られて歯噛みしながら、バーナビーは甘えたように虎徹の耳元でささやいた。その声に宿る響きに気付いたのか、虎徹は手を伸ばしてバーナビーの髪をくしゃりと撫でてくれる。 「バニー…バーナビー…?」 「バニーって呼んでください……とくべつな感じがするから」 「バニー、バニー……バニーっ……!」 虎徹はたまらなくなったようにわずかに腰をゆすり、中にいるバーナビーを締めつける。そのしぐさはたしかにひどく淫猥なのに、虎徹からは清潔な感じが消えない。清潔で汚れてなくてきれいな人だ。バーナビーの欲望くらいでは汚せない。彼は汚れのない魂を持っているから。 「いいから、早く。早くおまえが欲しい。……奥に」 きっとバーナビーが我慢しているのをわかっているのだろう。卑猥な言葉をささやいて、やさしい彼は自分の方から誘いをかけてくれる。自分を堕落させる悪魔にまで彼はやさしい。 「虎徹さん、あなたが好きです。あなたが…全部」 たまらなくなってぐっと彼の奥に押し入りながら、バーナビーはささやいた。気持ちいい。たまらない。虎徹を独占していることに興奮しながら、同時に強い罪悪感をいだく。好きで好きでたまらなくて、バーナビーはやさしい彼にすがっている。独占してはいけないひとを腕の中に囲い込んで、自分だけのものにしたいと駄々をこねて彼を困らせる。 「俺もおまえが好きだよ」 「あなたはそんなこと言わなくていいんです」 やさしい彼のやさしい言葉をバーナビーは否定した。そんなこと言わなくていい。独占できないのなんて知っている。自分のこれは、子供のわがままなのだから。 「あなたがやさしさから僕を受け入れてくれていることなら知ってる。あなたは世界の全部を愛する人だから」 「なあ、バニーちゃん」 バーナビーの背を抱きしめながら、虎徹は静かな声で言った。その声の真摯な響きにむしろ怖くなって、バーナビーは自分の耳をふさぎたくなった。 「俺だって嫌だと思うことはたくさんあるし、人を好きになったり嫌いになったりもするんだ」 「……わかっています」 きれいな人。やさしい人。そんな彼にだっていやなことも拒みたいこともあると知っている。いま自分が彼にしていることは、きっとそういう類いのことだ。自分の欲望を彼に押し付けてむりやり受け入れて貰っている。嫌われたって仕方がない。そう思うけれど──── 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…でも好きなんです」 泣きそうになって、だけど自分の中の欲望は消せなくて、バーナビーは虎徹の体を抱きしめて腰を揺らす。気持ちよかった。自分のわがままを受け止めてくれる彼の体が熱くて、つながった場所はやわらかくひくついていて、あまりにも鮮烈な欲望に自分を殺すことなんてできなくなる。 「あなたを好きでごめんなさい。独占したいと思ってごめんなさい。いやらしい目で見て…こんなことをしてごめんなさい。……きらいに、ならないで」 「バニー、俺はおまえをきらいになったりなんてしない」 バーナビーがほとんどすすり泣くようにしてつぶやくと、虎徹はあきらめたように息をついて彼の背中を抱きしめた。許された、と思えば嬉しくて申し訳なくて、バーナビーは幼子のように彼にすがりついてその熱をむさぼった。 「虎徹さん…虎徹さん……」 バーナビーを受け入れてくれる体は熱くてやさしくて気持ちいい。彼の心を受け止めてくれる虎徹自身のようだった。バーナビーはミルクを欲しがる赤子のように無心にそれをむさぼって、虎徹を奪い尽くす。 「虎徹さんのなか、気持ちいい。僕を受け入れて熱くなってる。ねえ、中で出していい?もう出していい?ねえ、もう…」 「いいよ。出したらいい。バニー…俺の奥におまえのをぶちまけて…」 「虎徹さんっ……!」 おさない口調で彼の名を呼んで、バーナビーは達した。彼の中が蠕動してしぼりとるように自分を締めつけるのを感じて、達してもなお腰を揺らし続けた。 バーナビーの寝顔を見るのが好きだ。 無心で、幼くて、それでいてどこまでも整っていて綺麗だ。 やすらかに眠っている彼を見ると安心する。愛しくてかわいくて、なんでもしてやりたくなる。彼が欲しがるものならなんでも与えてやりたいと思ってしまう。 けれどずっと見ていると物足りなくなるのも事実だった。 虎徹がバーナビーに対して感じているものは、ただ守ってやりたいという感情とは違う。それはふれあい、熱を共有し、深いところでつながることを望む、赤裸々でひどく人間的な感情だ。与えたい、と思うばかりではない。たしかに虎徹は、バーナビーからなにかを奪いたいと思っている。 「なあ、バニー」 眠るバーナビーの髪を撫で、満足したその表情に征服感という愉悦を感じながら、虎徹はけして彼には聞こえない言葉をつむぐ。眠っているからではない。きっと起きている時に真っ正面からぶつけても、バーナビーが聞くことのない言葉。声にだしたその瞬間に曲がり、バーナビーの心の奥に届くことのない言葉。 「おまえが好きなのは、世界のすべてを愛してて、絶対おまえだけを好きになったりしない俺なんだな」 髪を撫でる指先は愛しさにあふれ、そのことに自分で気付いて虎徹は少し泣きそうになる。眠る青年を愛しいと思うのに、彼も灼熱のような熱情で自分を愛してくれているのに、虎徹はいまひとりだった。 「────それは、俺じゃねえよ」 愛する者に愛されているのに、彼が見ているのは自分自身ではない。 その矛盾に虎徹はうちのめされて、ひとり少しだけ泣いた。 恋は盲目。 信仰は五感全てをふさぐもの。 彼がひざまずくその前に人はいない。 信仰をささげるそれを、神と呼ぶのだ───── back |