愛人契約1 ジィイイイイイ、とかすかな機械音がしていた。 ほんのかすかな、ともすればその場に響く声にかきけされてしまうような小さな音。けれどその音の源を体の中に埋め込まれている虎徹は、そのかすかな響きを直接体で感じ取ってしまう。体内でふるえているそれは虎徹の体をじりじりと焼いていき、身につけた上質でやわらかなシャツのこすれにさえぞくぞくした。 衣服は上下とも身につけていたけれど、バックルは外され、ズボンの前は開いたままだ。一度ひきずり降ろされたあとまた着せられたけれど、自分でボタンやベルトを止める余裕は虎徹にはなかった。 「………バニー」 「そうですね、ぜひそれは早急にお願いしたいと思います。その後の手配もありますし。それにその問題には───」 「ばに…バニー、もっ……」 虎徹は床に座り込んでもじもじと腰を動かし、自分の目の前で椅子に座って電話するバーナビーの足にすがるようにズボンをつかんでいた。別に床に座りたくて座っているわけではない。体内に埋め込まれたもののせいで、立ち上がることができないのだ。 バーナビーが座っている椅子のすぐ前には重厚な執務机があり、何枚もの書類が広げられている。彼はその書類を見ながら仕事の電話をかけていた。虎徹がすがれば、邪魔をするなというかのようにこちらを見もせずに髪を撫でてきた。 「バニー、なあ……バニーって……」 ぐずぐずと腰を揺らしながら、それでも虎徹は電話口に聞えない程度の声で彼を呼ぶ。仕事の邪魔をするつもりはない。だけどこんな状態で放置されるのは耐えられなかった。だからと言って自分で処理してしまえばバーナビーが怒るのはわかっている。これはきっと彼が思いついた、気晴らしのためのお遊びなのだろうから。 こちらを見ようともしないバーナビーに失望して、虎徹は自分の欲望を散らすように視線を他へと巡らせる。その視界に、壁一面を埋める大きな窓に切り取られたゴールドステージの夜景が目に入ってくる。それはかつて二人がバディであった頃、バーナビーが住んでいた部屋から見えていた景色と似ていた。彼は夜景を見るのが好きなのかもしれない。だからこのペントハウスを買ったのだろう。そしてそれを虎徹にあてがい、気まぐれにそこを訪れる。 バーナビーは今日、いつもよりやや早い時間にこの部屋にやってくると『ちゃんと言いつけ通り準備してありますか?』と問い掛けて、いきなり虎徹のズボンを脱がせ、後ろに指を突っ込んできた。そこはバーナビーに言いつけられた通り、いつ彼が来てもいいように洗浄し、オイルで濡らしてほぐしてある。 すでにやわらかくなっているそこにバーナビーは満足そうに笑い、今日はお土産があるんですよ、と言ってそこになにか小さなものを埋め込んだのだ。それが小型のローターだと気付いたのは、スイッチが入れられて自分の体内でふるえ出してからだった。バーナビーは小さく声をあげてその場にへたり込んだ虎徹をそのままに、持ち帰ってきた書類を机に広げて電話をかけはじめた。 だからそれは、本当に必要な電話というよりはわざとなのだ。 事前に準備された遊び。外で仕事をしてきてそれなりに疲れているだろうバーナビーが、気分を変えようとしてこの部屋に来てする気晴らし。だから虎徹はバーナビーが望むような、なんらかの反応を示さなければならない。まさかバーナビーも、ただ虎徹を焦らしてえんえんと電話を続けたいわけでもないだろう。 そうだ、こんな風に一方的にされてこらえていることはない、と虎徹は思う。自分はペットではない。奴隷のようにただ従順にバーナビーにかしずくためにここにいるわけではない。虎徹の立場は彼自身の意志をまったく無視するものではないのだから。 そう思って、虎徹は電話に向かって離し続けるバーナビーを見上げ、彼の気を引くようにそっとズボンの裾を引っ張ってから、自分が身につけていたシャツのボタンを外していった。やわらかなそれは虎徹が買ったものではない。もとから彼が着ていたものがいつの間にか捨てられて、代わりにバーナビーにあてがわれたものだ。だからきっと、それはバーナビーの好みのものなのだろう。手配したのは秘書か誰かだろうが、彼がそうしたものにこだわりを持つことを虎徹は知っていた。 シャツのボタンを全部外すと、それを脱ぎ捨てることはせずに、虎徹はバーナビーの脚に手を伸ばした。下から辿るようにして指でなぞり、ふとももを撫でてから股間に手を伸ばす。そこまですると、ようやくバーナビーは電話を手にしたまま虎徹を見下ろした。 「……検討するための資料を寄越してください。出資するのはやぶさかではあありませんが、資金提供の先は選びたい。それから必要な金額の全体の把握と────」 ぐずぐずと腰を揺らす虎徹を見おろして、バーナビーは猫にでもするように髪を撫でる。仕事の邪魔をする愛玩動物を、仕方がないなと見つめているような甘いまなざし。けれど虎徹は猫ではなかったから、それでは我慢できなかった。自分を無視するバーナビーを咎めるようにズボンの布の上からするりと股間をなぞると、バックルに手をかけてベルトをゆるめた。 バーナビーを見上げたままボタンを外し、ファスナーを下げる。髪をつかんで軽く引かれたけれど、本気の力ではなかったから、虎徹はそのまま自分の想うことを実行する。ふるえる腰をどうにか持ち上げて膝立ちになり、バーナビーの膝に手を置いてむき出しにした彼の股間に顔を寄せる。 「っ……!───半端に手を出していいことではないですから、んっ…慎重に。ええ、そう……ですから、資料は詳細に………」 手で根元をゆるゆると愛撫してからそっと舌先で舐めあげると、バーナビーは電話に向かって話す声をつまらせた。それでも電話をやめようとしないのが悔しくて、虎徹は彼の脚の間に陣取り、わずかに熱を持ちはじめたそれを口腔に含んだ。ちろちろと先端を舌先で愛撫し、唾液を絡ませてぬぷりと奥まで呑み込む。陰嚢を手で転がしながらぬくぬくと出し入れすると、髪をぎゅっとつかまれた。 「は……とにかく早急にお願いします。───急ぐ?急ぎますよ。っ、あっ…!………いえ、気にしないでください。資料はメールではなくディスクで秘書に。では、よろしく」 入りきらないそれを必死に奥まで咥えて、きゅうっとくちびるをすぼめる。バーナビーの下腹が跳ねて、彼らしからぬ乱雑さな口調で電話を切った。はあ、と熱い吐息をひとつついて虎徹を見下ろすと、咎めるように髪をかき混ぜて目を細める。 「仕事の邪魔をしては駄目でしょう」 「っ……おまえが、変なもん俺の中に入れるからっ…」 「がまんできなかったんですか?」 腰を揺らしながら訴えると、やさしい声が問うてくる。まるで恋人に対するもののように甘い声に、一瞬虎徹は泣きたくなった。けれど咄嗟に表情を隠し、うつむいてバーナビーのものに舌を這わせる。たいしていじってもいないのに、それはもう完全に勃ちあがっていた。大きく硬くなったそれに、じりじりと玩具になぶられた腰が揺らいだ。 「いけない人だ」 思わずくちびるを舐めた虎徹の表情を味わうように見つめて、バーナビーは彼を自分の股間から引きはがした。なにをするのか、と思ったら、いきなり腕をつかまれて引き上げられる。無理やり立ち上がらされただけでは終らなかった。バーナビーはその勢いのまま、虎徹の腰をかかえて執務机の上に彼を乗せてしまう。 「あっ…書類、がっ……」 机に広げられた書類の上に押し倒され、下肢の衣服をはぎ取られながら、己の体の下に敷き込んだ書類が気になって虎徹はうめいた。すべて電子書類ですむこの時世にわざわざ紙に出力しているのだから重要なものなのではないかと思ったが、バーナビーはほほえんでそれを否定する。 「いいですよ。どうせ持ち帰ってくるものに対したものはない。よごれたらまた用意させればいい」 「ここじゃなくても……ひゃうっ…!」 たとえ重要な書類じゃなくても、わざわざその上に押し倒されるのは居心地が悪くて虎徹は身をよじる。けれどローターを埋め込まれた場所を指先でなぞられて、その言葉尻は嬌声にかききえた。 「いいんですか?ベッドまで待たせるならもっと焦らしますよ」 「う、あ……」 言葉通り焦らすように、バーナビーの指は虎徹の入口をわずかに出たり入ったりする。ローターの紐を引っかけたのか、奥に入り込んだそれが少し動いて、彼は上がりそうになる声を必死に飲みこんだ。 「……とってくれ」 「もっとかわいくおねだりしてください」 甘えるように言われて、そのハードルの高さに眩暈がした。けれど羞恥を感じるだけで、虎徹にはバーナビーの欲している答えはもうわかっている。ここ数週間で覚えた、彼の望むふるまいと睦言。 「っ………こ、んなのより…おまえが欲しい」 「なかなかおねだりが上手ですね。いまのはちょっとぐっときました」 虎徹が小さな声でささやくと、バーナビーは嬉しそうにほほえんだ。四十を過ぎたおっさんがそんな風にねだっても滑稽なだけだと思うのに、一応それでも彼はお気に召してくれるらしい。熱のこもった目で見下ろされて、それだけで腰が揺らいだ。 「あ…は……あっ───」 「すごい、ひくひくしている」 ぐいっと虎徹の足首をつかんで机の上で大きく脚を開かせると、ローターを埋め込んだ場所をしげしげと見つめてバーナビーが言う。 「ばっ…見るな……!」 「いやなんですか?こんなに物欲しげに、かわいらしく色づいているのに」 「かわいいもなにも……ああっ、ひっ…!」 ぬぷり、と指を二本差し入れられて、びくりと腰が跳ねた。バーナビーの器用な指が虎徹の中でうごめき、ローターにつながった紐をつかむ。そのままずるずるとそれを引き出され、安堵の声が虎徹の口から漏れた。 じりじりとあぶられるような熱から解放される、と思ったのに、それは入口までたどり着いたところで、またバーナビーの指によって奥に押し込まれた。 「あっ、なに……」 バーナビーはそれを慎重に位置を決めて虎徹の中におさめると、彼の両足をつかんで自分の方へ引き寄せる。虎徹は机の上で大きく脚を開いたまま腰だけがわずかに宙に浮いたような状態になって、その脚の間にバーナビーの体が入り込んだ。 「ばっ…やっ……!」 ぬくっ、とぬめりを帯びたバーナビーのものが入口に押し当てられるのを感じて、虎徹は激しく首を振りながら彼を押しのけようとする。けれど脚を持ち上げられた状態ではうまく上体を起こせず、その手はバーナビーには届かなかった。 「だめだ。中の…あっ、バニー、中の取って。中の…ひっ、あああっ────!」 ふるえるローターを中に埋め込まれたまま貫かれて、虎徹は足先までびくびくとふるわせて跳ねた。オイルでやわらかくなった虎徹の体内は、熱に溶けて容易にバーナビーを受け入れる。一息に奥まで犯されて、ブルブルとふるえるローターがさらに中に入り込んだ。 「んあっ…あっ……中、ばに、取って。ローター……ああああああっ、ふるえ、てっ……!」 「すごい、中うねってますよ…っ、僕も先があたって気持ちいい…」 「だめだ。バニー、抜いて…あっ、奥…!奥、にっ……!」 軽く突き上げられると、ずっと体内で虎徹をあぶっていた熱が奥に入り込んで目の裏がじかじかするような刺激を与えてくる。ずくんっ、と信じられないほど奥に激しい熱を感じて、虎徹は机の上で胸元をそらしてびくびくとふるえた。 「あああああっ、あー!あーっ!!」 声をこらえることなど少しもできずに、恥ずかしい嬌声をあげて虎徹は達した。はたはたっ、と自分が吐き出したものがどこかに落ちる音を聞く。きっと書類や机を汚してしまったのだろうと思うと、重厚な黒い机にこぼれる自分のものを想像して、虎徹はイキながらまたふるえた。 「あれ?もういっちゃったんですか?まだこれからなのに」 「あっ……だめ、いま揺さぶるなっ……ばに、きつい」 「駄目ですよ、虎徹さん。ちゃんと『お仕事』してください」 イッたばかりで敏感な体を揺さぶられて、涙目で訴えた虎徹にバーナビーは笑ってそう言った。やわらかな声はしかし、奥底にひやりとするような冷徹さを隠している。バーナビーは虎徹の体を揺さぶりながら、責める口調で彼を追いつめた。 「僕を気持ちよくするのが、あなたの『お仕事』でしょう?」 ささやいて、バーナビーは虎徹の前髪をかきあげ、額をなぞる。その男っぽい長い指には、銀色の指輪がはまっていた。左手の薬指。虎徹がずっとつけているのと同じ場所に、けれど対になるわけではないそれが。 「ね、虎徹さん。あなたは僕の愛人なんですから」 バーナビーのささやきに、虎徹はふるえるまぶたをそっと閉じた。 ペットではない。奴隷でもない。かと言って恋人でもありはしない。そう───虎徹はいまバーナビーの愛人だった。このゴールドステージのペントハウスをあてがわれ、『手当て』をもらって、他の女と結婚しているバーナビーの性的欲求に奉仕する存在。忙しい彼がやはり忙しい妻と会えぬ間、その気晴らしの相手として虎徹は金で雇われているのだ。 「僕をちゃんと満足させてくださいね」 ほほえんで、バーナビーは虎徹の脚をつかんで腰を使った。虎徹は過ぎた快感に目に涙をためながらも、彼の言葉を実行するために自分から脚を開いて彼を受け入れたのだった。 next back |