La Vie en rose5 バーナビーは浮かれていた。とても、浮かれていた。 虎徹が過去に枕営業をしていたと勘違いしたあげく、その色気にやられてほとんど無理やりにことに及んだ。最低なことをしたその日に自分の思いを自覚したバーナビーは、もうそれが叶うことなどないだろうと思っていた。 バーナビーがしたことはほとんどレイプであり、完全に無自覚に色気を振りまいていた虎徹は、そんなことを望んでなどいなかった。相棒で、一番近くにいて、誰よりも大切な存在だったのに、ただの思い込みでバーナビーはその関係をぶちこわしてしまったのだ。 取り返しがつかないと思った。その証拠にバーナビーが目を覚ました時には虎徹はすでに姿を消していて、会社で会っても謝罪を拒絶した。奇妙な態度で彼と会うことを拒む虎徹に、バーナビーは焦燥をつのらせていった。とにかく謝らなければ、とそれだけを思って一週間後に半ば無理やり虎徹の家を訪れて───そしてバーナビーは知ったのだ。虎徹がバーナビーの訪れを拒んでいたその一週間、彼はバーナビーを受け入れるために、自分の体と慣らしていたのだと。 (それって僕をちゃんと受け入れたいってことですか) (あなたも僕とセックスしたい…?) (あなたも───僕を好きでいてくれるってことですか) それらの疑問をわざわざ突きつけるほどバーナビーも子供ではない。虎徹はヘテロで、いままで男を知らなかったという。バーナビーのおかしな誤解なしに虎徹の性格をそのまま受け止めれば、彼はそう簡単に好意のない人間に体を許すような性格には思えない。 虎徹にとってはきっと、セックス=愛の行為だろう。 そう思ったら浮かれずにはいられなかった。壊してしまったと思った関係の修復どころか、絶対にかなわないと思っていた想いまでかなってしまった。これで浮かれないはずがない。 そう、バーナビーは浮かれていた。思いがけずにかなった恋に浮かれていた……そのはずだったけれど。 「あの…虎徹さん」 もうすぐ定時になる時間を見計らって、バーナビーは隣のデスクでうなりながらPCに向かっている虎徹に、おそるおそる声をかけた。 バーナビーが虎徹の家に行ったあの日からさらに一週間。その間に二人は二度、関係を持っている。どちらもバーナビーが夕食を…と声をかけて部屋に呼んで、その後なし崩し的に寝てしまった。あまりにもなし崩し過ぎてどうにも腑に堕ちない感じがしたものの、仕事が終わった後も彼に会いたいのは本当だったから、バーナビーは今日も誘いをかけてみることにする。 「いい焼酎をいただいたんです。今日うちに来ませんか?」 「あー…うん」 以前なら『焼酎?なになに、なんてやつ!?』などと食いついて来たところなのに、虎徹の返事は歯切れが悪い。彼は椅子を回転させてくるりとバーナビーの方を見ると、困ったような顔で言った。 「あのさ、バニー。いい酒が手に入ったとか、そういうのいらねえから。面倒くさいだろ?」 「面倒…ですか?」 もらった、というのは嘘だ。虎徹を呼ぶ口実をつくりたいのが半分、虎徹の喜ぶ顔がみたいのが半分で、バーナビーはネットでそれを取り寄せた。それは以前虎徹が酔っ払いながら、もっとうまいやつがあるんだぞーと名前を出した酒で、きっと喜んでくれるんじゃないかと思ったのだ。子供みたいに喜ぶ虎徹の顔を想像して、うきうきとしていた気持ちが、面倒のひとことでしぼんでいく。 「うちに今日来い、でいいからさ」 「そんなのは────」 そんな、虎徹の都合も気分も無視したような言い方はできない。無理に来て欲しいわけではないのだ。そう思ったけれど、部屋に来て欲しいのは確かだったから、バーナビーはそのまま口をつぐんだ。浮かれていた気持ちが沈み込んで、思わず小さなため息が出た。 恋人になったはずの虎徹は、ただのバディであった時より、なんというか淡泊になった。バーナビーが彼のためになにかをするのを嫌うようになり、気遣いの言葉をかけることすらなんとなく拒否されている。 気を使われているのかも知れなかったが、だれかになにかをしてやりたい、という感覚を初めて持ったバーナビーは、それを拒絶されてへこんでしまった。だからと言って好意の押し付けをするつもりはないけれど、面倒だろうと言われるのは心外だ。彼が喜ぶ顔を見るためならバーナビーはなんだってするし、そうすることが喜びなのだ。 以前なら喜んでくれていたことが、思いが通じてから空振りするようになった。男同士のことだから普通の恋人とはまた違うのかも知れないが、男同士だからこそ、以前からの関係がそこまで変わってしまうとは思っていなかった。なんだかただのバディであったときよりも、気持ちがすれ違っている気がした。 バーナビーがそうして、もやもやする気持ちを抱えているうちに定時になって、二人は連れ立ってヒーロー事業部をでた。虎徹の書類はまだできあがっていないようだったが、明日でもいいらしく、彼はそれを放置してバーナビーについてきてくれる。彼を自分の車の助手席に乗せると、沈み込んでいた気持ちがまた浮上した。 虎徹のための焼酎はちゃんと準備してある。なんだかんだと言っても、あれを飲めば虎徹は喜んでくれるだろうし、酒で陽気になって楽しそうに笑う彼の顔を見られると思えば、それだけで気持ちが浮き立つ気がする。酔った時の虎徹は同じ話ばかり始めて、まさにおじさんで鬱陶しいといえば鬱陶しいのだが、レジェンドや自分やバーナビーのことを楽しそうに話す彼は、とてもしあわせそうでかわいいのだ。 「食事どうしますか?ケータリングでもいいですけど、デリで買っていきます?」 車を走らせながら、バーナビーは助手席の虎徹に尋ねた。そういえば、いきつけのデリの新作はちょっと癖のある変わった味で、ワインより焼酎の方があう味だった気がする、と思い出した。そこのデリは奥さんが日系で、時々日本の調味料を使っているから虎徹のお気に入りなのだ。 そこに寄ろうかと提案しようとしたその時、助手席からやや気だるげな声が返ってきた。 「あー…俺いいわ。帰ってから食う」 「帰って…?」 虎徹のその言葉に、え?と思ってバーナビーは思わずおうむ返しに問うてしまう。 ここのところ虎徹がバーナビーの部屋に来ると、ほとんど泊まっていっていたから、今日もそうなのだと思っていた。ましてや恋人になったばかりなのだ。ゆっくり夕食をとった後は、二人で朝までいちゃいちゃしたかった。 そう言えば前回も虎徹は、コトが終わるとシャワーを浴びて帰ってしまった。なにか用があるのかと思い、送っていこうとしたらそれも拒否された。髪もまだ湿っている彼をモノレールで帰したりしたくなくて、タクシーを呼んで無理やり押し込めたけれど、彼はそれさえも不満そうだった。 「飯食うとさ、あんまよくねえらしいんだ。だからさ」 「食事をするのが…?虎徹さん、どこか悪いんですか」 「そういう話じゃねえよ。ごめん、あんま言うことじゃなかったな。うん、とにかくいまは食わねえから、俺のことはいいよ」 なんだかわからなかったけれど、あまり食欲がないのかな、と思った。それならデリでちょっとしたものだけ買って行くのがいいかと思ったけれど、どうにもどこかに寄る空気ではない。 体調がよくないのに無理に誘ってしまったのだろうか、と思ったけれど、虎徹はそれならそれで無理だと言う人だったはずだ。そもそも、彼が具合が悪そうにしているところなど、怪我以外ではほとんど見たことがない。 微妙な空気のままどこにも寄らずにバーナビーのマンションにつき、連れ立って部屋に入った。いつもならバーナビーの部屋に入った途端、酒をあさるかさっさと床に座ってしまう虎徹は、なぜか所在なげに立ったままだ。 「虎徹さん、デリバリー頼みますけどなにがいいですか?」 この空気はなんだろうと思いながら、バーナビーはパソコンでこのマンション専用のデリバリー画面を立ち上げて尋ねた。それに、虎徹は部屋の入口付近に立ったまま、ハンチングをぬいでわしわしと髪を乱しながら答える。 「んー、だから俺くわねえって。……ちょっと風呂入ってくるから、おまえ飯食ってて。腹減ってんだろ?俺が出てくるまでにちゃんと食えよ?」 いいな、絶対食ってろよ?と念押しして、虎徹はふらりと踵を返すと、扉の向こうに姿を消してしまった。バーナビーが呆然と佇んでいると、しばらくしてシャワーの音が聞こえてくる。 「風呂…?」 どうしてバーナビーの部屋に来ていきなり風呂に入るのだろう。泊まらない、と言っているのに。理由などわかりきっているが、なぜそういうことになるのかがわからない。期待しないわけではないけれど、『それだけ』すぎて展開についていけなかった。 バーナビーはしばらくぐるぐると考えていたけれど、虎徹が風呂から出てくるまでに食事をしていないと、また彼が困った顔をする気がして、ため息をつきながらキッチンに移動した。デリバリーを頼む気すらしなくて、マイクロウェーブ調理の食品を適当に腹におさめる。 バーナビーが簡素な食事をしてしまっても、虎徹はまだ風呂からあがってこなかった。飲んでくれないような気がしながらも、バーナビーは彼のために取り寄せた酒を準備しておく。 ほどなくして、虎徹が風呂から出てきた。彼にはめずらしく、先ほどまで着ていた自分の服ではなくバーナビーのバスローブを身につけていた。タオル地のすきまから上気した肌が見え隠れして、バーナビーは目を泳がせる。 「飯食った?」 「ええ…まあ」 予想通りそう尋ねてきた虎徹に、バーナビーは歯切れ悪く答えた。適当に食べたからという理由からだけではなく、虎徹が来てくれているというのに、ひとりで食べる食事は味気なかった。ストック食品でも、ジャンクフードでも、楽しそうに食べる彼と一緒ならなんでもおいしく思えるのに。 けれど、なぜか食事をしないと言いきっている彼に、一緒に食べて欲しいとごねるのはただのわがままだ。部屋に来てくれるだけでも、仕事が終わった後も一緒にいてくれるだけでも嬉しいのだから。 「じゃ、さ…寝室行くか?」 「え……あの、虎徹さん。会社で言っていた酒を用意してあるんです。あなたが飲みたがっていた」 つっ…とためらいがちにジャケットをつかまれて、そのしぐさにきゅんとしながらも、あからさまにセックスだけをしに来た風情の虎徹にとまどってそう提案する。したいのはやまやまだが、体だけが目的ではないのだ。なんというか…いちゃいちゃしたい。くだらない話をしたいし、好きな酒を飲んでおいしいものを食べて、嬉しそうな顔をする虎徹が見たい。彼のくるくると変わる表情を見つめて、自分も楽しくてしあわせな気持ちになりたいのに。 虎徹はそんな風には思ってはくれないのだろうか。なにをするでもなくバーナビーと話して、楽しいとは感じてくれていないのだろうか。セックスをした途端そっけなくなるなんて、やはり気持ち悪くて嫌われてしまったのだろうか、と思うけれど、それならバーナビーの部屋になど来ないだろうし、そもそもこんな風に誘ったりしないだろう。 「そういうのいいって」 バーナビーの誘いかけにひらりと手を振って、困った顔で虎徹は言う。そしてバーナビーの腕をつかんで、やや強引にそれを引いた。 「いいから来いよ」 ぐいぐいとバーナビーを寝室にひっぱっていく虎徹の方が、まるで彼の体目当てのようだ。だからと言って、これまでの数回のセックスの間、彼はちっとも気持ちよさそうではなかった。顔をみせてくれないからどんな表情をしているかはわからなかったが、バーナビーのしぐさひとつひとつに拒絶を示し、くちびるを噛みしめて声ひとつ漏らさずに、なにかに耐えているかのような行為だった。 虎徹がいやならセックスなんてしなくていい、と思うけれど、バーナビーを寝室にひっぱっていく彼は行為そのものをいやがっているようには見えない。好きな人にセックスしようと言われて、拒否できるほどバーナビーは枯れてないのだ。 「虎徹さん、あの…僕もシャワーを」 寝室に連れ込まれ、強引にベッドに座らされて初めて、バーナビーは自分がシャワーを浴びていないことに思い至ってそう言った。けれど虎徹は気にした風もなく、ベッドに乗り上がってバーナビーの靴を脱がせ、へらりと笑う。 「ん。おまえはいいよ」 バーナビーの要求をさらりと流して、虎徹は自身が靴をぬがせたバーナビーの脚の間に入り込み、股間に手をのばしてくる。ベルトに手をかけられそうになったところで、バーナビーはあわててそれを止めた。 「虎徹さん、そんなことしてくれなくていいです」 いままでの数回のセックスで、虎徹は必ずバーナビーに口淫をした。それは確かに気持ちいいのだけど、シャワーを浴びてもいないのにそんなことをさせたくはなかったし、虎徹に一方的に奉仕をさせたくなかった。バーナビーも虎徹のものを愛撫しようとしたのだけれど、彼にかなり強硬に拒否されたのだ。恥ずかしがっている、という風情ですらないその拒絶に、最初に無理やりしてしまったバーナビーは、彼の意志を無視することに怯えた。 虎徹のいやがることはしたくない。けれどそうしていると、ただ彼の方がバーナビーに一方的に奉仕しているような形になって、どうにも納得がいかなかった。こんな風に誘ってくるのに、虎徹は自分にふれられることを極端にいやがった。ヘテロだったのだから、受け身のセックスがいやなのかもしれなかったが、フェラチオくらい女性との行為でだってあっただろう。 自分の思いに気づいた途端、それが通じて浮かれているのに、どうにも浮かれきることにできない虎徹とのセックスにバーナビーは戸惑う。その戸惑いのままに、バーナビーは自分の股間に顔を寄せてくる虎徹の体を押しやった。 「フェラチオなんて、あなたいままでしたことないでしょう?」 「俺、下手?───やっぱ気持ちよくねえ?」 バーナビーの言葉に、虎徹は顔をあげてしょんぼりした顔で尋ねてくる。どうも、したことがないから下手だ、と言われていると誤解したらしい。その捨てられた子犬のような表情を見れば、気持ちよくなくてもすごく気持ちいいと言ってしまいそうだ。ましてバーナビーは、虎徹が自分のものを口にして必死に奉仕してくれる顔を見るだけで、たまらなく興奮するのだから。 「いえ、気持ちいいです。けど────」 「ほんとに!?俺、あれからまた練習してたからさ。もっと喉の奥とか、できっと思うんだ。バニーのでかいの奥まで入れられるから」 バーナビーが正直な気持ちを口にすると、虎徹は嬉しそうな顔でそう言う。ここのところ見せてくれていなかったその顔を見て、バーナビーも嬉しくなってしまう。自分がフェラチオされるかどうか、という話でそんなことになるのが、どうもよくわからなかったけれど。 虎徹はバーナビーの言葉で許容されたと感じたのか、彼の手を振り払ってベルトを緩めた。止めるより先にファスナーが降ろされ、虎徹の武骨な手が布地をかき分けてバーナビーのものにふれる。そっと握られて上気した顔で見上げられれば、これ以上抵抗する気なんてなくなってしまう。 「あのさ、俺がんばるから───気持ちよくなってくれよ」 そんな健気な言葉を口にされて、きゅんと胸が苦しくなった。なんだか腑に堕ちない虎徹の態度も、ふれさせてもらえないこともどうでもよくなってしまう。彼がしたいと言って、自分も気持ちいいのだからいいじゃないか。なにより虎徹が自分のために練習までして、したこともない口淫をしてくれているのだ。その特別扱いが、嬉しくてたまらない。 その後、虎徹は彼のものを口と手で愛撫してくれて、その必死なさまにバーナビーは興奮した。練習してきたと言った通り、虎徹は喉の奥までバーナビーを呑み込んで、苦しそうにしながらも顔を動かしていた。バーナビーがかすかに嗜虐芯を刺激されて緩く腰を振っても、彼は涙目になりながらもそれをいやがったりしなかった。そのあまりにも従順な様に、むしろバーナビーは不安になったのだけれど。 「ここ…風呂で慣らしてきたから」 彼の愛撫でバーナビーのものがガチガチに勃起しきると、虎徹は体を起こして彼の膝を跨いだ。どこに持っていたのか、コンドームを出してきてバーナビーのものにくるくるとつけてくれる。虎徹はバスローブをつけたままだったが、開いた脚の間から見える素肌がかえって扇情的だ。 全部が見えないのを不満に思いながらも、見えている範囲の肌をなぞるように凝視していると、虎徹が困ったように眉を寄せて、うろうろと視線をさまよわせる。タオルかなにかを探しているのだと気がついて、バーナビーはためらいがちに欲求を口にした。 「虎徹さん、あの…今日違う風にしたいです」 いままでの行為すべてでこの体勢でつながっていたが、顔を見られるのがいやだと言って目隠しされてしまう。体にふれるのも拒否されて視界まで遮られてしまっては、誰とセックスしているのかもわからない。キスは拒否されなかったけれど、もっと虎徹を味わいたくて、バーナビーはわざとねだる口調で言ったのだった。 「そっか、いつも同じじゃ飽きちまうよな」 虎徹は小首をかしげて考えると、一度バーナビーから体を離して、キングサイズのベッドのバーナビーの隣にうつ伏せになった。バーナビーが体を起こしてそちらを見ると、彼は脚を開いてバスローブに包まれていた腰を高くあげ、ずるりと布地を持ち上げて見せる。 「こんでいいか?」 問い掛けてくる声がかすかに羞恥にふるえていた。虎徹は尻だけを高く持ち上げ、おそらくローションでぬらしてある後孔をバーナビーの視界にさらしている。引き締まった小振りの尻と、開かれた脚がたまらなく扇情的だった。腕や脚よりはやや色の薄い尻肉のはざまで、バーナビーを受け入れようとしている器官が、ローションに濡れてひくりとふるえる。 「────」 あまりにもいやらしい光景に、思わずごくりと息を呑んだ。顔が見えないのが残念だった。こんな格好をしてみせて、虎徹はいまどんな表情をしているのか。見てみたい、と思う。けれどいまシーツと腕に顔を伏せてしまっている彼を、強引に振り向かせれば嫌がられるのだろう。拒絶されることが怖くて、バーナビーはぐっと我慢する。 「ばに…も、来いよ」 じっと見られていることに焦れたのか、顔を伏せたまま虎徹が誘いの言葉をかけてくる。その上、後ろに手を回して、バーナビーをうながすように奥まった場所を指でひろげた。濡れた粘膜の内側がちらりと見えて、ズクンッと衝動が込み上げる。 「じゃ…あの……入れます」 ものすごく間抜けな言葉を吐いて、バーナビーは背後から虎徹に覆いかぶさった。バスローブを身につけたままの虎徹の肌はあまり見えてはいなかったけれど、目隠しをされるよりはましだった。たくし上げられたバスローブからのぞく尻と太ももを、味わうようにするりとなぞる。 「っ……ばに…!」 虎徹がなにか抗議を口にしようとする前に、彼の腰を強くつかんで引き寄せた。入口に熱を押し付けると虎徹はシーツをきゅっとつかむ。その緊張をほぐすように、バーナビーはゆっくりと彼の中に押し入った。 「ん────」 バスローブに包まれた背中がぴくんと跳ねる。直接肌は見えないが、目隠しされていた時と違って彼の反応がわかるのはよかった。バーナビーは挿入する動きを止めて、なだめるように虎徹の腰を撫でながら熱の混じる声で尋ねた。 「痛い、ですか?」 「った、くね……いいから、もっと奥までっ…!」 あとさわるな、とねだるのと拒絶を同時にされて、どう反応していいかわからずに、バーナビーはぐっと腰をすすめた。虎徹は片手でシーツをつかみ、片手で自分の口を覆って声を殺しているようだった。 顔も見えず、声も聞えず、彼がどう感じているのかわからない。けれど細い腰はふるふると震え、バーナビーの熱を受け入れた場所は熱くうねってやわらかく彼を締めつけてくる。それは虎徹の心がバーナビーを受け入れているあかしのように思えて、ぞくぞくした。体だけじゃない、気持ちが興奮する。 「こてつさん…すみません」 かすれた声で謝罪して、バーナビーは虎徹の背中にのしかかると、獣のように体を重ねて腰を突き上げた。急激なその行為に、虎徹はびくびくと全身をふるわせて、シーツを強く強くつかんだ。 「っ……は、あ───ふ、あっ……」 「虎徹さん───こてつさん」 噛み殺せなかった声が虎徹のくちびるからこぼれる。その声に苦痛だけではない響きを感じ取って、たまらなくなってバーナビーはゆるりと腰を回した。 「ひんっ……!」 どこかいままでと違うところに当ったのか、虎徹がいつもよりオクターブ高い声をあげる。バーナビーはそれにさらに興奮する。そこだけはふれることを許されている細い腰をつかみ、彼がさっき声をあげた場所がどこなのかを探るように腰をゆらした。 「こてつ、さん……」 「ばに…なまえ、呼ぶの…やめよ、ぜ…」 背後から覆いかぶさり、熱っぽい吐息と共に虎徹の耳元でささやくと、肩をふるわせながら彼はそんなことを言った。見るな、ふれるな、の他にもまだ存在した拒絶に、行為に夢中になっていた胸の奥が冷えた。 「どうしてですか?名前呼ばれるの、いやですか?」 「いやっていうか───うん、ちょっと…」 言葉を濁されてやはり嫌なのだと意気消沈する。虎徹さん、と呼ぶようになって喜ばれて、だからバーナビーも彼の名前を呼ぶのが好きになった。その響き自体が彼らしい気がして、なんとなく呼ぶたびに心があたたまる気がしたのだ。 バーナビーが名前を呼ぶこと自体を彼がいやがっているとは思えないから、行為の最中に呼ばれるのがいやなのだろう。それはなんだか───呼ばれることでバーナビーとセックスしている、と認識するのがいやなように思えた。そうとでも思わなければ、理由がまるでわからない。 けれど虎徹はバーナビーとセックスすること自体は嫌がらない。その行為を楽しんでいるようにも見えないのに、どうしてかバーナビーに抱かれようとするのだ。 「虎徹さん、やっぱり───」 彼がしたくないなら今からでもやめよう、と興奮しきったからだをかかえながら、バーナビーは身を引こうとした。けれどその瞬間あることに気づいて目を見開いた。 虎徹がバーナビーを受け入れるために開いてくれている脚の向こう、彼のペニスが、勃起しているのが見えたのだ。以前拒絶されたからバーナビーはさわっていない。腰以外の他の場所にもふれていないのに、虎徹は欲情してくれている。 「虎徹さんも、感じてくれてるんですね」 一方的な行為だと思っていたこのセックスで、彼が興奮しているとわかってバーナビーは嬉しくなった。つながったまま前に手を回し、虎徹のものをそっと握る。 「もっと気持ちよくなってください」 「っ…!俺はいいから!」 「でも」 どう見ても欲情しているいまなら許してくれるのではないかと思ったのに、やはり拒絶されてバーナビーはすくんだ。強引にすべきかどうか悩んだ指は、虎徹のものにからんだままだ。彼はバーナビーのその手を引きはがすと、うなるような声で告げる。 「じゃ、自分でするから。おまえはさわるな。なんもしなくていいから…!」 「っ……はい」 いやがっているのがはっきりとわかるその声に、バーナビーはしおれてうなずいた。彼がいやがることはしたくない。たとえその方が彼も気持ちいいだろうとしても、虎徹の意志を無視して、無理やりに奪うような行為は二度としたくはなかったから。 「……続き、しよーぜ」 「───はい」 結局バーナビーは、その日もほとんど虎徹にふれることなく、最後まで行為を終えた。彼が自分を受け入れてくれていることは天にも昇るほど嬉しいのに、肉体はたしかに快楽を感じているのに、そのセックスは少しも気持ちいいと思えない行為だった。 虎徹はその夜、予告通り行為が終わると自宅に帰ってしまった。結局、虎徹のために用意した酒は飲まれることもなく、バーナビーは彼の匂いの残るベッドにひとり残された。 送っていくこともやはり拒まれて、一緒にいられた時間は二時間にも満たない。虎徹がシャワーを浴びていた時間を考えれば、もっと少なかった。 体をつなげる前よりもっと、虎徹が遠くなった気がした。彼がなにを考えているのかわからない。受け入れてくれたのに遠ざかろうとする彼の内心がつかめずに、バーナビーは不安になった。こんなことなら体などつなげずにいたほうがましだった、と思うほどだ。 バーナビーは体だけはすっきりとしていたけれど、どんよりとした気持ちを抱え、眠れない一人きりの夜を過ごして朝を迎えた。せめて会社に行けば虎徹に会えるものを、今日もバーナビーは単独の仕事で現場へ直行だった。 どんよりとしたまま仕事に向かい、プロ根性で逆にいつもよりいい笑顔を作っていたら思ったよりも早く解放された。昼前に会社に戻れれば虎徹とランチができるかもしれない、と思って、バーナビーはいそいでアポロンメディアに戻った。なんとか昼前についてヒーロー事業部に入ると、そこには経理の女性だけがいて虎徹の姿がない。 女性に聞いてみると、虎徹はロイズに呼び出されていないと言う。時計を見ればあと数分で昼休みだった。虎徹がそのまま事業部に戻らずに食事にでてしまう可能性を考えて、バーナビーはロイズの部屋の方に向かう。 脳内では虎徹と連れ立ってどこにランチに行くか、うきうきと考えはじめていた。パツリとした食感のホットドッグを出す彼のお気に入りのカフェか、カジュアルなイタリアンか…先日イワンに聞いた気楽なジャパニーズフードの店に行くのもいいいかもしれない。 虎徹はおいしいと思うものを食べると、わかりやすくしあわせそうな顔をするから、彼がどういうものを気に入っているのか明白だった。マナーのあまりよくない、けれど不快な感じのしない虎徹の食事の仕方がバーナビーは好きだ。真似しようとは思わないが、おいしいおいしいと全身で言っている姿は見ていて楽しくなる。 その笑顔を想像しながら、やっぱり和食の店にしようかな、とバーナビーは思う。日本の家庭料理を並べていて自由に取って食べるというその店で、ひとつひとつの料理を見ながら、虎徹がどんな顔をするのかが見たい。きっと彼ははしゃいで、バーナビーにどれがどういうものなのか教えてくれる。したり顔で、自分がバーナビーにものを教えられるのが嬉しいというように笑って──── 「バーナビー君とうまくやってるの?」 内心で虎徹といくランチのことを考えていて、自然と笑顔になりながら、ロイズの執務室の扉をノックしようと手をあげた時だった。扉の向こうから、微妙な声色のロイズの声が聞えたのだ。まだバディの不仲を心配しているのか、とバーナビーが苦笑したところで、虎徹がロイズに答えた。 「やってますよ、言われた通り」 そのやや投げやりな言い方と、『言われた通り』という言葉に、ノックしようとしていたバーナビーの手が静止する。それは、心配しなくてもちゃんと仲良くやっている、という報告とは少し違う気がした。それなら虎徹はもっとはしゃいだ口調で言っただろう。バーナビーが打ち解けたことを、あれだけ喜んでいたのだから。 「うまくって、その……部屋に泊まったり?」 「泊りはしてないですけど、社長が思われてる通り、バーナビーの世話をしてますよ、俺は」 (世話…?) ノックするための手を下に降ろし、もはやそのまま話を聞く体勢になって、バーナビーは眉を寄せる。世話をしている、とそんな言葉にも違和感を感じた。虎徹が言いそうな、『先輩である自分がバーナビーの世話をしてやっている』というような得意げな響きではなかったから。 なんとなく胸の中にもやもやとしたものを感じながら、バーナビーが扉の向こうの会話に耳を傾けると、さらにわけのわからない虎徹の言葉が聞こえてきた。 「今んとこそっちの面倒は見れてますから、心配してるみたいな女性スキャンダル起こすようなことはないんじゃないですか?……いつまで俺で満足してるかわかりませんけど」 「そう…君がそっちをうまくやってるっていうなら、問題ないだろうね。トップマグの頃の君のスポンサー営業については、なかなか華々しかったという話だから」 「……どこの噂だか知りませんけどが」 おもねるようなロイズの言葉に返る虎徹の声は低い。怒っているのか呆れているのか、ともかくやや痛みをともなう声色だった。それに意識の片隅で気づいてはいても、バーナビーの脳裏はもはやそれどころではなくなっていた。 (────女性スキャンダル?) (そっちの世話…満足……スポンサー営業────) バーナビーの脳裏に、虎徹とロイズが口にした単語がぐるぐると回る。ぼかしたやりとりだったが、その単語の羅列だけでバーナビーには意味がわかってしまった。虎徹が『社長が思っていた通りに世話してる』と言った意味。どうみても男を知らなかった彼が、『練習』してまでバーナビーを受け入れていたその意味が。 「はは……」 思わず小さな笑い声がくちびるから漏れた。 ああなんだ、そういうことか、と思った。マーベリックやロイズは、バーナビーが誤解していたように、虎徹が枕営業をしていたという噂を信じたのだ。信じて、そしてバーナビーに宛てがおうとした。 バーナビーが無理やり抱いてしまう前の虎徹の態度からして、それは最初から言い含められていたことではないのだろう。もしかして聞いていたのかも知れないが、虎徹は男同士でそんなことをするなど想像もしてなかったに違いない。だから平気でバーナビーの部屋に来ていた。けれどあの最初の夜、バーナビーが彼を抱いたから…… (自分でも性欲処理の相手になれる、とそう思った) (会社の思惑通りに、僕のダッチワイフに…) 彼が自分の体を慣らしたり、口淫の練習をしたりしたのは、会社にバーナビーの世話を言い含められていたからだ。だから虎徹は、バーナビーにふれられることをいやがったのだ。男にさわられるのなど本当は気持ち悪かったのに違いない。突っ込まれて欲望を吐き出される、その処理以上のことはしたくなかったのだろう。 虎徹は、相手を好きでもないのに体を重ねられる人間ではない、と思う。けれど、会社に世話しろと命じられていたなら話は別だ。心の底からいやならそんな命令に従いはしないだろうが、きっと虎徹はバーナビーに同情した。顔出しヒーローとしてスキャンダルをおそれられ、女性とのつきあいを会社から止められている彼をかわいそうに思ってくれたのだろう。だから、バーナビーと寝たのだ。 それは一種の愛情ではあった。虎徹は好きでもないのにセックスしないだろう、と思ったバーナビーの考えは、ある意味で間違ってはいないのだ。虎徹は体を投げ出してバーナビーに尽くしてやろうと思うほど、彼を好きでいてくれている。男にふれられることを厭いながら、それでもわざわざバーナビーを悦ばせる術を『勉強』するほどに───それは、バーナビーの望む感情とは違ったけれど。 「ははは……」 もう乾いた笑いしか漏れない。受け入れてもらったと思って浮かれていた気持ちが馬鹿みたいだった。虎徹のそれは、同情でしかなかったのに。体を重ねる前より距離が開いてしまった気がするのは当たり前だ。きっと虎徹は、自分に欲情するバーナビーを生理的に避けたくなっている。それは、バディとしてバーナビーを愛しく思ってくれる気持ちとは別のもので…… 「じゃ、そゆことで、バーナビーのことは心配ないです。しつれーしまーす」 バーナビーが扉の前に力なく立ったままでいると、中から虎徹の声が聞えて扉が内側に開かれた。扉の外に立っていたバーナビーを見て、虎徹がぎょっとしたように声をあげる。 「!───バニー!?」 「虎徹さん。今日、僕の部屋に来てください」 うろたえた虎徹がなにごとかを口にする前に、開いた扉を片手でガチャンと閉めてバーナビーはそう言った。あいている方の手で虎徹の腕をつかみ、逃がさないようにしてから彼を睨むように見つめる。 「バニーおまえ……?」 虎徹の顔に当惑した表情が浮かぶ。バーナビーが怒っているのはわかっても、なぜ怒っているのかわからない顔だった。バーナビーも知っていると思っていた虎徹は、さきほどの会話を聞かれたとしても、彼がどうして怒るのか理解できないのだろう。 「───いいから来い」 バーナビーはらしくなく、乱暴な口調でそう言った。それは虎徹がかつて言った、『今日部屋に来い、でいいから』という言葉をそのままなぞったものだった。 next back |